第1話

文字数 1,496文字

 夏のきざしを感じる休日のこと、腹が減ってコンビニに出かける。
 天気良く、帰りに公園により、青いベンチの端に腰かけた。
 そこで買った弁当を開けて食べた。
 食べ終わり、まだ冷たい缶コーヒーをプシュッと開けたときだった。
 向こうからマスク姿の杖をついた老人が現れた。
 さすがに歩くのが遅い。
 どうするのかと思っていると、通り過ぎず同じベンチの反対側に「よっこらしょ」と腰かけてしまった。
 もうしばらくいるつもりだったが、気まずいのでまたマスクをしてコンビニ袋をつかんで腰を浮かしかけたときだった。
「いい天気だなぁ」
 誰にとも言ったようではない独り言のようだったが、もし誰かに言ったとしたら私だった。
 無視するのもどうかと思い、
「ええ」と返す。
「あのころもこんな天気だったな」
「あのころ?」
「まえの戦争のころ」
「ああ、太平洋戦争ですか」
「なぜか、わしだけ生き残ってしもうた」
「それはそれは……」なんと言っていいかわからなかった。
「飛行機乗って、敵に突っ込むなんて正気の沙汰じゃなかった」
「ああ、特攻隊ですか」
「わしだけがとり残された。飛行機が故障してな」
「それはそれは……」運がいいと言っていいのかどうか。「失礼ですけど、歳はおいくつですか?」
「七十だよ」
「それはまだお若かったんですね。そのとき。少年兵ですか」
「いやいや、そうでもなかった。とにかく中国になんの恨みもないのにあんなことするのがたまらんかった」
「だったら良かったんですよね。出撃しなくて」
「ただ、仲間がなぁ……」
 老人はそこで下を向いた。涙ぐんでいるのではないかと思った。
「無人機もあるのに、なんでと思ったよ」
「もうそのころから無人機とかあったんですか」
「そら、あったよ。いつのまにか、お国のためにとか言って、命を捧げるのが良いとされておった」
「いまでいう自爆テロの感覚ですかね」
「さあ、どうなんかのぉ。アメリカとたもとをわかったのが悪かったんかな」
「たもとをわかつと言っても戦争したんですよね。例のパールハーバーから始まる││」
「なに言ってんの。アメリカとなんか戦争しないよ」
 混乱した。いつの戦争の話か。ひょっとしてその前の戦争の話か。それにしては年齢が合わない。
 そこで気づいた。七十歳というと太平洋戦争は終わっているのではないか。
 この人はいつの戦争の話をしてるんだ……。
 この人が言っているのは作り話、嘘なのではないか。あるいは周りの人から聞いた話をそのまま言っているのか。それとも年齢的に痴呆症、ボケているのか……。
「あの、さきほど七十歳とおっしゃられましたね。失礼ですけど、それでは年齢が合わないのでは?」
「何?」
老人がこちらをキッと向いて驚いた。
 怒らしてしまったのではないか。
「すみません」
「そういえば太平洋戦争なんて言っておったな。わしは第三次世界大戦の話をしておるのだよ」
「第三次……世界大戦!」
 あっけにとられて言葉が出なかった。
「いつの話ですか? 今年は2020年でしょ」
「ニセン――」
 老人が語ったその年号は私にとって遠い未来のものだった。
「ハハハ」笑ってしまった。「嘘、冗談でしょ」
 この人は戦争を知らない男をからかっているのかもしれない。
 かといって、この老人の言った年齢が合っているのなら戦争を知っているとは思えないのだが。
 あるいはこの人は本当に未来人なのか?
 老人は気分を害したのか立ち上がった。
「若者よ、元気でな」
 と言うと、また杖をついてゆっくりと歩き去っていったのだった。

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