第1話

文字数 684文字


信者ブラス・バンド


 風が吹き、甘く品のある匂いが鼻をつつく。石畳の木陰に、水差しを提げた若い男性。足元には、ネーブル色の花をつけた、バラの若木があった。
「素敵な中輪ね。なんていう品種かしら」
彼は微笑んだ。
「わからないんです。今年の春になって、いつの間にか芽生えてきたのだから、驚いているんだ」
「あなたはここの管理人じゃないの?」
ここは、通りから外れた古い墓地である。整えられた石壁にはアイビーの蔓が這って、木の葉が風に乾いた音を立てている。
「ええ、まあ……僕はトランペット吹きですよ。そこに教会があるでしょう。そこで聖楽隊をやってるんだ。ここには、その楽隊の仲間が眠ってるんです」
彼は話した。

 もともと、われわれの聖楽隊には、ぜんぶで39人の仲間がいたんです。でも、冬の戦争に何人も駆り出されて、そして5人が死んだ。全員、熱心な潔教徒です。神のための戦いに、後悔はないに違いない。だけど、彼らはもっと演奏し続けるべきだった。どれだけ名誉な死であっても、残された者が、それを惜しむ権利はあるでしょう?

「見てください、バラの花弁。5枚なんだ。目が覚めるみたいに明るいこの花が、僕には、彼ら5人そのものにみえてしかたがない」
僕も神のために戦い死ぬことになれば、そのときは、花びらが6枚になっているかもしれませんね。彼は最後におどけて見せた。戦争は、次の冬まで続いた。

 そんなことがあったのが、私がまだ若かった頃の話だ。バラの木はいっそう生い茂って、今でも毎年、ネーブル色の花をつけている。花びらを数えにでも行ってみるといい。私はそのバラの品種を、ブラス・バンドと呼んでいる。
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