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文字数 930文字

「今日の撮影現場は茨城に有る工場」
「はい」
 車で移動しながらの打ち合わせだ。
「あと、今日からTVと夏の映画の撮影を並行してやる」
「わかってます」
「で、TVの次のエピソードの撮影も今日からだけど、台本読んだ?」
「……」
「読んでねえのかよ?」
「すいません」
「いつもの事だから、そうだと思ったよ……移動のバス内で読んで」
「はい……」
 そろそろ、チュ〜の額に脂汗が浮かび始める。
 しかし、まだ、地獄の入口から、ちょっと進んだぐらいだ。
「あと、撮影現場の工場、何か、急に休日出勤する人が大量に出たらしいんで……」
「えっ?」
「撮影には協力してもらえるけど、工場の従業員が見てる所では煙草は吸うな。パニックにも成るな」
「そ……そんな……無理っすよ……」
「まぁ、あんたのせいじゃないけど、工場の喫煙所を使わせてもらえるかは、あっちに行ってみないと判んないらしい」
「やめて下さい……」
 チュ〜は力ない声で、そう答えた。
 そろそろ、嫌な予感がしてくる。
 もう症状が出てるのかも知れない。
 チュ〜の奴は、5話目の撮影の時に、鬱とパニック障害を発症した。
 まぁ、4話目の撮影の時点で「台本無くした」とか言い出し……こっちとしては「サボタージュするなら、せめて、もう少し頭を使え」と言いたくなったが……。
 その時点で気付くべきだった。こいつが、おかしくなり始めてた事に……。まぁ、次の撮影からは、あたしも台本をもらう事になったが……もちろん、対処療法でしかないが。
 まったく……。
 嫌だ嫌だ嫌だ、と泣き喚いてくれた方が遥かにマシだ。
 そっちの場合は、本当にヤバい事になる前に兆候ぐらいは把握(つか)める。
 こいつの場合は……予告無しに、固まる、過呼吸になる、呂律が回らなくなる、台詞を言えなくなる、表情をコントロール出来なくなる。早い話が、こいつ以外の人間からすると、こいつが突然、演技が一切出来なくなり、しかも、それがいつどんなタイミングで起きるか全く予想不能。もちろん、こいつ本人にとっては、そうなった時には、とんだ地獄のズンドコに突き堕とされてる訳だ。
 車のバックミラーを見ると……後部座席のチュ〜の奴は……目の焦点が合ってないのに目が座っている……という何とも不思議な表情になっていた。
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