星を旅する
文字数 1,700文字
僕らが生まれてくるずっとずっと前に、
その戯曲は存在していた。
舞台には椅子が二つ。
そこに男女が一人ずつ座る。
お互い向き合う事はない。
それが彼らの距離だからだ。
そして淡々と手紙を読むのだ……。
【ラブレターズ~星を旅するある兄弟の話】
船外で活動する兄を小窓から眺める。
宇宙空間ではほんの小さなデブリの衝突も命取りになりかねない。
コールドスリープ中は重大な損失でも起きない限りは自動修復装置に任せっぱなしになるので、起きてる間にできる限りの事をしておかなければならない。
私は止めていた手元に目を戻す。
ある程度成長した受精卵を確認し、コールドスリープケースに移していく。
後数日の内に成体も食肉加工して保存状態にしなければならない。
「しばらく生卵は食えないな……。」
残念に思いながら装置を稼働させる。
そろそろ凍結乾燥が終わる頃だ。
回収して次の食品をセットしなければ。
「ノア、スケジュールは?」
『次の長期休眠までのスケジュールは87%終了。問題ありません。』
「そうかい、ありがとよ。」
『どういたしまして。それよりドクター、よくご覧になっているWebサイトがキャンペーンを行なっている様ですよ?』
会話の相手に姿はない。
この船を管理するAI「ノア」。
私達兄弟の良き友だ。
そんなノアにそう言われ、私は首を捻った。
キャンペーンとは何だろう?
私は頭に疑問符を浮かべた。
「……あ~。サンキュー、ノア。後で覗いて見るよ。」
私はそう答える。
どうやら地球から送られてきた纏まったデータの受信及び修復作業が終わったようだ。
情報確認登録をしてデータを送ってもらっているものの中、ノアがWebサイトという表現しそうなモノを考えた時、ある一つの考えに行き当たった。
キャンペーンか……。
ノアの表現が面白く、私は笑ってしまった。
おそらく公式企画か何かの事だ。
きっと投稿がたくさんあったのでそんな風に表現したのだろう。
とはいえ、そのキャンペーンとやらは地球ではとっくの昔に終わってしまった事だ。
何せここには、光の速さでもだいぶかかる場所なのだから。
「……懐かしいな。俺もよく、躍起になって書いたっけ……。」
もしここでもリアルタイムにそれがわかったら、私は話を書いただろうか?
そんな自分の考えがおかしく、くすりと笑う。
なんにせよ、この飽き飽きする生活に少しの楽しみができた事は喜ばしい事だ。
私はそう思い、少し機嫌よく次の作業に向かった。
『お疲れ様です、キャップ。調子はいかがですか?』
ノアの呼びかけに、重い船外作業スーツを脱いでいた彼はにこやかに笑った。
「俺はいつでも絶好調だよ。それより何か問題はないか?」
『確認します。…………クリア。特に問題になる付着物、宇宙線等による影響は確認できません。』
「それは良かった。ホラー映画みたいに、変な宇宙生物でも持ち込んだら洒落にならないからね。」
『それは申し訳ありません、キャップ。宇宙生物の確認はリストにありませんでしたので、行っておりません。』
「嘘?!」
『ですが、生体反応、有害物質、有機物の有無等は確認しておりますので、おそらく大丈夫かと思われます。』
「脅かさないでくれよ、ノア。これからは宇宙生物の確認もしてくれよ?!」
『宇宙生物の定義が登録されていないのでわかりませんが、できる限りの確認をさせて頂きます。』
人工知能とは随分と頭が良い。
こんな小洒落た冗談まで小気味よく返してくれる。
彼は脱ぎ終わった船外活動スーツをクリーン装置にかけながら、上機嫌に鼻歌を歌っていた。
『それよりキャップ。』
「なんだい?」
『定期データの受信修復作業が終了しました。』
「ありがとう。何か緊急性のあるものなんかはあったか?」
『一般データの定期送信でしたので、私の確認ではそのような物はないかと思います。ですが……。』
「??」
『個人メッセージが届いております。ご確認下さい。』
ノアの言葉に、鼻歌が止まった。
常に明るい彼の顔に、一瞬だけ影が差した。
「………………。そっか。ありがとう。後で確認するよ。」
しかし顔を上げた時にはそれはもう、消え去っていた。
彼はまた鼻歌を歌いながら、弟のいるであろう住居空間に向かって歩き出した。
その戯曲は存在していた。
舞台には椅子が二つ。
そこに男女が一人ずつ座る。
お互い向き合う事はない。
それが彼らの距離だからだ。
そして淡々と手紙を読むのだ……。
【ラブレターズ~星を旅するある兄弟の話】
船外で活動する兄を小窓から眺める。
宇宙空間ではほんの小さなデブリの衝突も命取りになりかねない。
コールドスリープ中は重大な損失でも起きない限りは自動修復装置に任せっぱなしになるので、起きてる間にできる限りの事をしておかなければならない。
私は止めていた手元に目を戻す。
ある程度成長した受精卵を確認し、コールドスリープケースに移していく。
後数日の内に成体も食肉加工して保存状態にしなければならない。
「しばらく生卵は食えないな……。」
残念に思いながら装置を稼働させる。
そろそろ凍結乾燥が終わる頃だ。
回収して次の食品をセットしなければ。
「ノア、スケジュールは?」
『次の長期休眠までのスケジュールは87%終了。問題ありません。』
「そうかい、ありがとよ。」
『どういたしまして。それよりドクター、よくご覧になっているWebサイトがキャンペーンを行なっている様ですよ?』
会話の相手に姿はない。
この船を管理するAI「ノア」。
私達兄弟の良き友だ。
そんなノアにそう言われ、私は首を捻った。
キャンペーンとは何だろう?
私は頭に疑問符を浮かべた。
「……あ~。サンキュー、ノア。後で覗いて見るよ。」
私はそう答える。
どうやら地球から送られてきた纏まったデータの受信及び修復作業が終わったようだ。
情報確認登録をしてデータを送ってもらっているものの中、ノアがWebサイトという表現しそうなモノを考えた時、ある一つの考えに行き当たった。
キャンペーンか……。
ノアの表現が面白く、私は笑ってしまった。
おそらく公式企画か何かの事だ。
きっと投稿がたくさんあったのでそんな風に表現したのだろう。
とはいえ、そのキャンペーンとやらは地球ではとっくの昔に終わってしまった事だ。
何せここには、光の速さでもだいぶかかる場所なのだから。
「……懐かしいな。俺もよく、躍起になって書いたっけ……。」
もしここでもリアルタイムにそれがわかったら、私は話を書いただろうか?
そんな自分の考えがおかしく、くすりと笑う。
なんにせよ、この飽き飽きする生活に少しの楽しみができた事は喜ばしい事だ。
私はそう思い、少し機嫌よく次の作業に向かった。
『お疲れ様です、キャップ。調子はいかがですか?』
ノアの呼びかけに、重い船外作業スーツを脱いでいた彼はにこやかに笑った。
「俺はいつでも絶好調だよ。それより何か問題はないか?」
『確認します。…………クリア。特に問題になる付着物、宇宙線等による影響は確認できません。』
「それは良かった。ホラー映画みたいに、変な宇宙生物でも持ち込んだら洒落にならないからね。」
『それは申し訳ありません、キャップ。宇宙生物の確認はリストにありませんでしたので、行っておりません。』
「嘘?!」
『ですが、生体反応、有害物質、有機物の有無等は確認しておりますので、おそらく大丈夫かと思われます。』
「脅かさないでくれよ、ノア。これからは宇宙生物の確認もしてくれよ?!」
『宇宙生物の定義が登録されていないのでわかりませんが、できる限りの確認をさせて頂きます。』
人工知能とは随分と頭が良い。
こんな小洒落た冗談まで小気味よく返してくれる。
彼は脱ぎ終わった船外活動スーツをクリーン装置にかけながら、上機嫌に鼻歌を歌っていた。
『それよりキャップ。』
「なんだい?」
『定期データの受信修復作業が終了しました。』
「ありがとう。何か緊急性のあるものなんかはあったか?」
『一般データの定期送信でしたので、私の確認ではそのような物はないかと思います。ですが……。』
「??」
『個人メッセージが届いております。ご確認下さい。』
ノアの言葉に、鼻歌が止まった。
常に明るい彼の顔に、一瞬だけ影が差した。
「………………。そっか。ありがとう。後で確認するよ。」
しかし顔を上げた時にはそれはもう、消え去っていた。
彼はまた鼻歌を歌いながら、弟のいるであろう住居空間に向かって歩き出した。