第1話

文字数 910文字

 私は川の畔を歩いている

 願わくば、あなたに会いたい。そこに在る事はわかってる。けれど、そばに或らないあなたに1度でいいから会いたい。川の体線に従って、歪んで続く河原の道。違和感でいい。可笑しな存在でいい。景色に融けなくていい。それでいいから、あなたに繋がる不思議なドアを置いて欲しい。防火扉のように重たい鉄の扉でいい。私が力を込めればきっと開いてくれる、掌が冷たさに悲鳴をあげてもいい。それでも必ず開けるから、あなたの元に行ける希望が欲しい。

 そう願ったのも、何秒前だったか。心に描いた心象風景の具現化は、結局違和感という恐怖をもたらした。眼前に突如として現れた鉄の扉は、想像した通りの違和感に埋め尽くされていた。
 僅かに手を伸ばし、鉄の扉に触れる。扉は寒空に冷やされ、まるでそこにずっとあったかのように冷たかった。
 扉にはドアノブも取手もない。引けばいいのか、押せばいいのか、いずれにせよ押すことしか出来ない。私は心に描いた通りに、そのまま扉にグッと圧をかけた。鉄の扉は、見た目では気付かないほど僅かに歪み、鈍い音を響かせた。冷たさが掌から伝わり、肘の辺りまでツンと痛みを走らせる。さらに力を込めるため、両手を扉に添えて、ゆっくりと瞬きをする。そして力を込める。さらに鈍い音を立てるがビクともしない。
 気付けば、背後から川のせせらぎが消えた。響くのは扉の歪む音だけ。その音は段々大きくなる。1センチ足りとも扉は開いていないが、段々と音だけが大きくなる。やがて金切り声のように高さを増して響き、やがて小太鼓のように低くなっていく。そしてリズムを覚えて、扉の音はやがて線路の上を走る電車の足音のように変わっていた。
 そして背後から、踏切のカンカン声が鳴り響き始めた。踏切はやがて開く。そして、あちら側へと進めるようになる。電車の足音はやがて大きくなり、カンカン声は一定のリズムを刻み、やがてその音が頂点に達した時、唐突に踏切の音が止んだ。

 誰かの、香りがした気がした。
 確かに人の香りだった。
 香りが誘う、一瞬の夢の中に立ったようだった。

 突然、鉄の扉が左右にスライドして開いた。勢いに負けて私は扉の中へとなだれ込んだ。
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