第1話

文字数 1,408文字

“むかしむかしとも言えないくらい少し前の話のことじゃった。

おとこが自宅に戻ってくると住宅地の道の真ん中に ツバメの子がおったそうな。

おとこが近づいてもツバメの子は飛び立つ気配もなく、翼を羽ばたかせてこそいたがアスファルトの上を忙しなくねずみ花火みたいに回るばかり。

このまま放っておくと ツバメに気付かない他の車に轢かれてしまうか、カラスに狙われるのではないかと心配になったおとこはツバメを保護しようと決めた。

飛ばない鳥を捕まえることなどそんなに難しいことでもなく、ツバメはあっさりと おとこに捕まった。

しかし おとこもツバメを保護目的で捕まえたものの 鳥を飼った経験などなかったので とりあえず小さな段ボールにツバメを入れてみた。

自宅の軒下にツバメが巣を作っていたこともあったので彼らが何を餌にしているかは知っていたおとこだったが 虫はどちらかというと苦手だし、それを口移しするなんてとてもじゃないけれど出来ないし、友人に相談してみた。

話を聞くと友人も昔、ツバメを保護したことがあったが 結局、保護の甲斐も虚しく亡くなってしまった、と言った。

空を見上げると このツバメの親なのか、兄妹なのか分からないけれどツバメが旋回しているのが見えた。心配で見に来たのかもしれない。とりあえず道路に放置するのは危険なので自宅の木に段ボールごと置いてみた。ここならば車に轢かれることもないし、カラスに狙われることもないだろう。唯一の懸念は野良猫の存在だけれど そんな心配ごとを列挙していったら ずっと見守り続けなくてはいけない。おとこはセコムではないのだ。

これもまた自然の摂理だ。心を鬼にして おとこは自宅へと入った。

翌朝、おとこは段ボールを設置した庭の木を見に行った。すでにそこはもぬけの殻になっていた。辺りを見回しても あのツバメの子の姿はなかった。きっと無事に飛び立てたのだと思うことにした。 ”

僕は段ボールを片づけながら ごんぎつねの事を思い出した。いたずらもののキツネ、ごん が主人公の茂平となんやかんやあって 色々なものを運んでくるのだけれど最後は・・・、みたいな話だ。あのツバメももしかしたら大人になった頃に このお礼にと僕の口許に虫を運んできてくれるのじゃないか、と思った。でも、それは遠慮しておきたいな、というのが正直な気持ちだ。最近は昆虫食などもちょっとずつ話題になってきているけれど せめて火は通したい。しかもしっかりと通したい。なんなら油で揚げてもらった上でしっかりと味付けしてもらいたい。それならばまだ食べられるかも・・・。

せめて御礼が頂けるのなら 鶴の恩返し的な方法が良いかもしれない、とも思った。一応、鶴の恩返しを知らない人の為にあらすじ(以降、ネタバレあります。)を書いておくと 罠にかかった鶴を助けたおとこの下に 鶴が人の姿で戻ってきて夜な夜な機織りをして綺麗な反物を作ってくれるのだ。しかしおとこが決してみてはいけないと言われていたにも関わらず 襖を開けてしまったものだから正体を見られた鶴はおとこの元を去っていく。

 ただツバメからだと反物よりヤクルトの方がまだ貰える可能性は高いと思う。だからなのか街中ですれ違うヤクルトレディを見ると もしかしたらあの時のツバメなのかもしれない、と目で追うこともあるのだけれど まだヤクルトを貰えないので人生って昔話のようにはいかないのだなぁ、としみじみ思う。
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