第１話

私はすっかり傾いた陽光を受け川遊びする“ファイ”を、川岸の大きな石に座って見とれていた。ファイは川の中の魚の動きに反応しているらしく、右に左に体を動かしている。真っ白な毛に覆われた全身がしなやかに動き、私はその美しさに神々しさを感じていた。『でもそろそろ厩舎に帰らないと…』そう考えた時、ファイの動きが停まった。そして私をじっと見てきた。
「仕方ないでしょうファイ、暗くなるまでに帰らないと先生に怒られちゃう。」
私はつぶやくと腰を上げてファイに近づいた。 ここは調教場から少し距離はあるが森の中にある川の滝壺で、周りからは見えない私とファイだけの秘密の場所だ。競竜のトレーニングは調教場以外の場所でも人に迷惑を掛けない限り許されている。今日は人の住んでいない無人島まで飛んで、その島の海辺の砂地を走るトレーニングを積んだ。頑張ったご褒美にファイもお気に入りのこの場所に寄って汗でべとついた毛を洗ってあげたのだった。 ファイはまだ若く10歳で体長は５ｍほどの大きさだ。私が飛行用の鞍を付けようとすると嫌がって体を揺らした。
「もうファイ、だめ。東の空が暗くなってきた。夜間の飛行は危ないのはファイも分かるでしょう？」
私が少し強く言うとファイは頭を下げて大人しくなった。ただ少し落ち込んでいるようだった。
「いい子ねファイ。待って、ファイの好きなブラッシングをしてあげる。」
私はサイドバックから素早くブラシを出すと、ほとんど乾きかけた全身の毛に軽くブラシを当て始めた。ファイは気持ちよさそうな低い鳴き声を出し始めた。本の数分のブラッシングではあったがブラシをバックに戻し、ファイの頭を抱きしめるとファイは頭を擦り付けてきた。機嫌を直してくれたようだ。私は飛行用の鞍をファイに着装させるとファイの背中にやさしく乗った。
「ファイ、急いで！」
その合図を待っていたかのようにファイは背の翼を広げると羽ばたいた。私はファイの背中にしがみついた。いつも感じる事だがまだ人間で言えば少年という年齢だがファイの瞬発力は大人の竜にも負けないものがあった。ファイはなかなか垂直の上昇を止めなかった。私は滑空に移るようファイに指示した。しかしファイは羽ばたいての垂直上昇を止めなかった。
「ファイ、滑空！」
再度そう指示すると手に持つステッキを前方に突き出した。ファイは上昇を止め、滑空が始まった、しかしファイのそれは滑空と言うより急降下に近いものだった。私は慌ててゴーグルで目を守ると騎乗の姿勢を取った。競技会の時のようにファイが全力で飛ぼうとしている事を感じた。私はステッキをファイの肩に優しく当てる『無理をしないように』という指示を出した。

今、世界に何頭の竜が生き残っているのか正確な数は分かっていない。野生の竜も少なからず生息しているが人類が保護しないと簡単に絶滅してしまうところまで減ってしまっている事は事実だ。 竜は神聖なる生き物だ。伝承では何千年も前に漆黒の竜が世界を破滅させようとしたらしいが５頭の竜が人間と協力してその黒龍を封印したという話だ。現在の五大国の王家でそれぞれ飼育されている竜は、その世界を救った５頭の竜の子孫だと言い伝えられている。だがその伝承の時代から長い年月が経ち、王家が竜を飼育する意味は、世界を救ってくれた恩返しから、競竜で勝利し名声を得る為のものへと大きく変わっていた。 競竜とは竜を使っての競技で、大きく『速さを競う競技』と『強さを競う競技』に分けられた。そして毎月五大国で輪番で実施された。そしてこの毎月実施される競竜が世界を熱狂させていた。それには競竜ではお金を賭ける事が世界的に許されている事も要因だろう。また賭けられる総額も大きいため勝者への賞金も大きく、また王家は権威を守らなければならないという意味もあり、普段から飼育する竜を調教師と呼ばれる竜を鍛える専門職が徹底的に鍛え上げていた。