あの子

文字数 1,254文字

「私さー、お…飲みたいんだよねー。」
「は?」
隣に座る私の友達は、そんな事を言い出す。ん?何言ってるんだ?
「わ、私を飲みたいって言った?きも。」
「えー、お前飲めんの?初耳なんだけど。」
中学生には見えない大人っぽい容姿と、それとはかけ離れた子供っぽい性格。なのに口悪いとこ。この子にはギャップがある。いや、ギャップしかない。ギャップがある変な子。
「何が飲みたいって言った?」
「お酒!酒だ酒!」
私らJCだよね?お酒?
「お、お酒?」
「そう。お酒。」
この子は破天荒な事ばっかりする。でもこれは破天荒とかじゃ済まされないレベルだ。
「そっち系に目覚めちゃった?」
犯罪系に目覚めちゃった?聞こうとして「犯罪」って言葉が何か言いたくなくて、曖昧な表現にする。
「うん。目覚めちゃった。」
友達なら止めるべきだろう。普通の友達なら止めていた。だけどこの子は変な子だから。変わってるから。今止めても聞かない気がするから。
「止めなよ。人生棒に振るよ。」
でも私が言うしかないんだ。友達だから。まだ一緒にいたいから。この子の親が困るのを見たくないから。泣かせたくないから。私が止めなかったら、あの子はおかしくなるかもしれないから。
「止めるの?私の為に止めてくれるの?」
「そうだよ。だから止めて…」
「自分の為でしょ?」
立ち上がって私を見下ろす。
「もし私が犯罪者になったら、自分は止めました。って言えるように?何にも関係ないです。って言えるようにでしょ。」
その子は自分の手首を強く握る。
「うぅ。痛い。」
手首には強く握られた痕。
「私を止めた形跡。」
不気味に笑って言った。
「これ今のうちに写真撮っときなよ。私を力づくで止めたけど、無理だったって。その証拠じゃん。これで無実は証明されるよ。」
変な子。変な子。変な子。

お酒を買おうとして、拒否された。身分証は?って。言われて、そのままレジからお酒を持って逃げた。捕まって、警察にも学校にも親にも怒られた。交番からの帰り道、傍には両親がいた。両親がいたのに、足は速かったから。不意打ちで飛び出した。両親が追いかけても、警察や友達がどれだけ探しても見つからなかった。完全に姿を消した。そう、失踪した。

「……とまあ、昔の話ですがね。」
昔の話、と片付けた彼女の横顔は神秘的で、少し不気味に感じられた。
「酒を片手に言う話か?」
「ふふ、そうですね。今じゃないかもです。」
年齢相応に見えない顔立ち。
「でも、先輩ならいいでしょ。先輩って元々変ですし。」
「一応俺先輩だよな?」
「先輩ですけど、私の事好きなんでしょ?」
甘えたように出す声は、子供のようだ。
「お前酔ってるだろ。もう飲むの止めろよ。」
酒を奪おうとした手を、逆に掴まれる。その細い腕からは想像もできない強い力だった。
「もう一つ、言ってないことがあるんです。」
彼女は俺の方に身を寄せて、耳元で囁いた。
「私とその友達、すごく顔が似てたんですよね。」

あの日の出来事は、酒に酔った彼女が言った妄想であり、リアルな話じゃないと俺は昔の事を片付けた。片付けざるを得なかった。
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