第1話

文字数 1,937文字

 この年も地元の小さな夏祭りはおこなわれました。
 小さな神社の周りには、それはもう数珠繋ぎに夜店が連なっていました。
 あやかは毎年、この祭りにはおじいちゃんとよく来ていました。
 来てはおみくじをひいて、帰りにりんごあめやチョコバナナを買ってもらったものです。
 でも、もうおじいちゃんに連れていってもらうことはありません。
 なぜならおじいちゃんはこのまえの冬に病気で亡くなったからです。
 夏祭りがはじまって、もう家族三人で来ました。りんごあめやチョコバナナを買ってもらいました。
 でもなにかが足りません。そう、あのおじいちゃんのくしゃくしゃにした笑顔です。
 そうであっても、それがないのはしかたのないことでした。
 あやかは家が近いこともあって、その夜店にはこっそり一人で行きました。
 おこづかいもないので、ただぶらぶらするだけです。
 たまに知り合いの人を見かけると、夜店の裏の木陰に隠れてやりすごしました。
 そしてあやかには気になる夜店がありました。
 角にあるお面売りです。ウルトラマンや仮面ライダーやアラレちゃんやセーラームーン
のお面を売っていました。
 その下に座っているおじさんがいつも仮面ライダーのお面をかぶっていたからです。
 まるで置物のようにじっとしていました。
 気になってある日、あやかは声をかけました。
「どうしていつもお面をかぶってるの?」
「お面屋だからだよ」
「暑くないの?」
「暑いよう。汗びっちょりだよ。お嬢ちゃん見る?」
「ううん、見ない」
 なんだか気持ち悪いので、さっさと家に帰りました。
 次の日も行ったら、またお面屋はいます。また仮面ライダーをかぶっています。
「お面とらないの?」
「ここではとらないよ。お面売りだからね」
「お水とか飲まないの?」
 たしかに仮面ライダーの口は開いていません。
「飲むよ。ほら、こうやって」
 とすこしお面を上にずらし、ペットボトルのお水をゴクゴク飲みました。そしてさっとお面をおろします。
「ほらね」
「どうしていつも仮面ライダーなの?」
「ウルトラマンも好きだけど仮面ライダーのほうがもっと好きだからだよ」
「どうして?」
「どうしてってウルトラマンは宇宙人だろ。仮面ライダーは改造人間なんだ。かっこいいだろ?」
「カイゾウニンゲン?」
「そうだ。人間であって人間じゃないんだ。おじちゃんにぴったりだろ」
「おじちゃんはどんなお顔してるの?」
「見たい?」
「見たい」
「だったらお面買ってよね。お面屋だから」
「おこづかい持ってきてないよ」
「しょうがないなぁ」と立ち上がって、セーラームーンのお面をとって「はい、これあげるよ。特別だよ」
「ありがとう……」
 お面売りは座りなおして、こう言いました。
「ん? どうしたの?」
 お面を持ってあやかはじっとしていたからです。
「それでお顔は見せてくれないの?」
「そうか。そんなに見たいのか。しょうがないなぁ。おじちゃんの顔やお面をもらったりしたことは、お母ちゃんやみんなにも内緒だよ」
 あやかは固唾を飲んでうなずきました。
 お面売りは仮面ライダーをすこしずつとっていきました。
 下から現れた顔は予想をはるかに越えたものでした。
「おじいちゃん」
 そうです。死んだはずのおじいちゃんの顔だったのです。
「そうだよ。おじいちゃんだよ」
「おじいちゃん、死んじゃったんじゃなかったの?」
「あやかを残していなくなったりするわけないじゃないか」
「お葬式もやったのに。あやかもちゃんとお焼香したよ」
「そうだったな。えらかったね」
「見てたの」
「そうだな。あやかのことはいつも見守っているからね」
「うれしい……」あやかは涙ぐみました。
「さあさ。おじいちゃんはまたお面かぶるから。もう帰りなさい」
 あやかはうなずきました。
「バイバイ」
 おじいちゃんも手を振ってくれました。
 
 あやかは一目散におうちに帰り、お母さんにおじいちゃんに会ったことを言いたかったけど、我慢して過ごしました。
 お面はお布団の中に隠しておきました。
 でも翌日になってお面が見つかったことで、お母さんにあったことをすべて話しました。
「そんなおかしなことあるもんですか」
 信じないお母さんの手をひっぱって夜店に行きました。
 でも昨日まであったお面売りの場所にはぽっかり穴が開いたように何もありませんでした。
 お母さんが神社の人にきいてくれました。
「お面売り? そんな店ありましたっけ。あそこはずっと空いてましたよ」
 と言われたきりでした。
 
 翌年もその小さな夏祭りは行われました。
 でも、あやかはその祭りに参加することはありませんでした。
 あやかは春から重い病気にかかって、ずっと入院していたからです。
 そのかたわらには、お守りのようにいつもあのお面があったのでした。
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