幽トピア

文字数 1,998文字

 写真を撮られると魂が抜かれる、何て話を聞いたことがあるだろうか。昔の人は未知の機器を恐れて迷信を生んだのだろう。実はこの迷信、必ずしも嘘ではないのである。もちろんこれまでに生きた人間が写真撮影によって魂を抜かれてしまったなどということが起きた例はないが。
 写真は目と違いレンズに捉えたもの全てを無機質に一様に写す。目は興味を持ったものにしかフォーカスせず、視線の端々の道端の石ころの様なものには注目せずに見落す。だが、写真にはそのようなことが無い。だから時として写ってはいけないものを撮ってしまう。
 察しの良い方は既に気付いただろう。そう、写真は人の目に映らない幽霊を写すことがある。
 私はカメラで人に憑いた霊を見つけ、祓うという仕事をしている。私の持つ特殊なカメラは死者の魂のみを抜き取り、カメラ内に閉じ込める。私は何年も霊に憑かれた人や場所を撮影してきた。
 ある日そんな大事な商売道具であるカメラをうっかり床に落としてしまった。これはまずい一大事だ、と思った時にはすでに遅く、カメラは壊れ青白い煙が吹きあがる。中に閉じ込めていた霊が解放される。中の霊は閉じ込められた怨みを募らせているだろう。
 私は身震いした。徐々に煙が晴れてゆく。すると男が立っていた。
 男は幽霊らしい特徴をいくつも備えていた。青ざめた顔、頭に三角の布、白い服、透けた足。しかし、なんだか顔色のわりに表情が明るい。背筋もよく堂々とした立ち姿で服は確かに白いが着物でなくスーツを身に纏っている。どうも幽霊らしくない。
 黙っていると男が口を開いた。
「驚かせて申し訳ありません。私、幽霊国大統領の盛田清治と申します」
 男は自然な動作で名刺を差し出したが生きてる方は触れませんね、とすぐにしまった。だがそこにははっきりと幽霊国大統領の文字があった。
「幽霊国大統領? 全く話がつかめない」
「ええ、そうでしょう。ですからそれをご説明するために私が参ったのです」
 何故か盛田に促されて席に着き、相手も謎の原理で椅子に座った。
「まず私どもの国についてご説明しましょう。幽霊国は文字通り幽霊を国民として結成され、幽東京都を首都とした国家です」
「つまりカメラの中で建国したと?」
「はい、おっしゃる通りです」
 全く状況に着いていけず眩暈がする。
「早速ですが本題に入らせて頂きます」
 盛田は私が理解するのを待ってはくれない。
「私がこうして参上したのは一刻も早く新しいカメラを用意して頂くためです。あなたがカメラを壊したために私の大切な国民は国土を失い路頭に迷う羽目になっています。ですから修理か新調を要求します。幽霊の国なんて聞くと陰気で鬱々としていかにも墓場みたいな場所を想像されるかもしれません。それは全くの誤解だと断言します。幽霊国は全ての国民が善良で明るく活発でいて、街並みは生者のどんな都市よりも美しく清潔です。貴方は疑問に思われるでしょう。でも考えてみてください、幽霊がどうして生まれるのかを。幽霊はこの世への怨みや未練のために発生します。例えば不慮の事故や事件により望まぬ死を迎えた方、ルールを守らない人間のために交通事故に遭ってしまったり、事件に巻き込まれてしまったりして亡くなる。また、生に憂い嫌気がさして亡くなった方、将来や現状に絶望したり、誰にも救いの手をさし出されず他に選択肢が無くなってしまったりして自死を選らぶ。そういった不運な境遇の方が幽霊になるのです」
 盛田は立ち上がり、演説をするかのような力強さで語る。
「これがどういうことか、つまり、私を含む全ての国民全員が犯罪を憎み、規則違反を憎み、不道徳を憎み、不誠実を憎み、不親切を憎み、不平等な社会制度を憎んでいるのです。ですから、国民全員が他者への思いやりを持ち、道徳心を持ち、責任感を持ち、正しい意思を持っています。幽霊国はまさに生者の世界では実現不可能なユートピア、生前には得ることのできなかった楽園なのです。私どもの国には事故も事件も悪法も差別も人間の悪徳に由来する全てがありません。そんなユートピアが貴方のうっかりで失われようとしてるのです。責任をもってカメラを用意して頂きたい」
 盛田は再び着席した。
 全てを聞き終え、私はカメラの中の理想郷の存在に感動した。
「そんな素晴らしい場所が私のカメラの中にあったなんて想像さえしませんでした。あなた方が生者を啓蒙できればと思わずにはいられません」
「もちろん私どもは試みました。悲しき死者を生まぬために何度も生者に憑き、夜な夜な啓蒙を促すために使節団を送りました。しかし、どうにも生者は鈍感で、自身の現状を考えより良くなることに興味がないのです。そもそも憑かれているのに気付きさえしません」
 善良になれぬ現代人とは嘆かわしい。
「貴方にももう何年も幽霊が憑いて啓発しているのですがお気付きになりません。皆そうなのです」
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