第1話

文字数 1,991文字

 オレの目の前に突っ立っている大学生風の男が弾かれたように顔を上げる。
 「そうだよお前だよ」。キョロキョロと見回した男の目が、オレの頭上20センチのところにある我がひとり娘の顔を捉えたところで念力発動! よいしょっと人形を揺らしてやると、視線は娘の胸元に。いや、そっちみんじゃねーよ。まあ、とりあえず目的は達した。挙動不審な男に娘はかなり警戒しているが、それ以上にビビったのは手を伸ばした瞬間に牽制された、娘の隣に座る痴漢未遂犯だろう。「グッジョブ」とつぶやくと、大学生が呆然とオレの姿を見つめている。勘のいい奴である。霊感とでも言うのか、オレの声を聞く能力を持つのは大体10人に一人。ちなみに娘はオレの存在にすら気づいていない。男が小声で呟いた。「ペンギン・・・」。
 有り体にいえば、娘のスマホにぶら下がっている某鉄道会社のペンギン人形(体長3センチ)がオレの姿である。こうなった経緯を細かく説明すると、故立花隆氏も真っ青の臨死体験レポートになるのだが、要は3年前くも膜下出血で倒れたオレの病室に娘が駆けつけた際に奇跡が起きたのである。妻はその10年以上前に交通事故でなくなっており、天涯孤独になってしまう娘を哀れに思った神様だか何だかがオレの末期の思いを汲み取ってくれたらしい。気がつくと泣き崩れる娘のジーンズのけつが目の前にあった。それ以来、守り神を続けている。バッグにしまわれると意識がなくなる(寝ちゃうのか?オレ)ことは不満だが、まあ娘にもプライベートは必要だ。
 当時大学生だった娘も今や某大企業の2年目社員だ。退職する先輩からの引き継ぎとやらで、このところ毎日1、2時間の残業がある。ブラック企業だーなどと言い出したら、念力でつけまつげを落下させるなどしてたしなめようと思っていたのだが、なにやら楽しげな様子。ただ社内では、私物はまとめてロッカー行きなので、いまいち様子がわからない。守り神いつまで続けるんだろう、オレもう疲れたよなどと悩みつつ意識をなくすのが日課だ。
 その日は朝から娘が浮かれポンチだったので、何かあるなと思っていたら、案の定デートであった。会社からウキウキで歩く娘と先輩。先輩って男だったのか。そして付き合ってる相手ってこいつかよ。ええい、スマホを出せ! 顔を見せろ! と念じていたら、「お撮りしましょうか」「お願いします」なんてやりとりがあって、夜景ドーン! にやけ顔ドーン! いや、まあ、客観的に見て男前と言えなくもない。さすが我が娘、内角いっぱいストライク。正直、先輩の心の内はわからないけれども、そこはもう娘の判断を信じるしかないよね、俺たちの娘だもんね、と亡き妻に語りかけつつ現実逃避していると、いきなり会話がクライマックス。「もう辞めたんだし、いいよね。素直にうちにきてよ。どうせしばらくは私の方が稼ぐんだし、最低限の家賃はもらうから、一緒に住もうよ」。娘よ、その直截さは誰に似た? 「結婚とかはそっちの会社が軌道に乗ってから考えればいいし」。まあ、ありだな、あり。令和だし。煮え切らん返事しやがったら、念力フルパワーな、とか思っていたら、なにやら先輩がさごそと、出してきたのはこれまたペンギンだった。「今日そんなつもりじゃなかったから指輪とかないんだけどさ、同居こっちからお願いします。もちろん結婚前提で。だからこれ婚約ペンギン!」。軽い、チャラい。こら、念力発動すんぞ! と見ると二人ともなぜか目が真っ赤だった。「ペンギンのこと前にいったっけ」「うん、もちろん覚えてる」。テーブルに置かれたオレも、オレより一回り大きい新参のぬいぐるみペンギン(体長8センチ)もキョトン。そして二人がオレを見る。「お父さん、今までありがとう。もう、大丈夫だよ」「僕が守り神、引き継ぎます」。あれ、知ってたの。そして意識が遠くなった。

 長い時が過ぎた。オレは何とほぼ四半世紀ぶりに目を覚ました。寝起きでぼーっとしているオレの目の前に浮かび上がった画面に西暦2050年と表示されている。今回のオレの姿はというとあの時のぬいぐるみペンギンで、かなりくたびれてはいるが、娘のようで娘でない若者の持つスマホ(っぽい何か)にやはりぶら下がっているらしい。「ママに令和のキャラが流行ってるって言ったら、これくれたんだけど、ギザカワユスー」「おお、お主、喋り方まで令和?」。いやお前それは平成だししょこたん語だ。「ママも昔スマホにつけてたらしいよ。守り神なんだって」。一瞬身構える。が、思い詰める必要はないのだ。この子にはパパもママもいる。オレはブラブラしながら気楽に守り神をやればいい。むしろ孫の近くにいられるなんてじいちゃん冥利というもので、娘もそれをわかって彼女にこれを渡したのだろう。これまた引き継ぎ万歳! いやしかしちょっと待て、まさかこの後何世代も・・・。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み