監視者はうたう
文字数 2,000文字
~~~
ここは完全無欠のユートピア
みんなしあわせ夢の国
今日も街に張り巡らせた
監視カメラと警察で
最高の暮らしを守ってる
犯罪も疫病も不正も不合理も
ここでは一切あり得ない
~~~
心の中で密にポエムを作ってうたう。わたしは少し笑った。もちろん、これも心の中で。
もしかしたら口の端が少し歪んだかもしれない。でも、何も警告されないのだから多分セーフ。
わたしは自分のデスクに置かれた6台のディスプレイを眺めている。そこに映るのはこの街の至る所に張り巡らせた監視カメラの映像。公園、広場、配給所、路地裏、それから誰かの家のリビング。次から次へと切り替えて監視する。これがわたしの仕事。犯罪やテロリズムの兆候を早期に検知して、潰す。そうして国家の安全を守っているのだ。わたしはこの仕事に誇りをもっている……
わけもなく。
悪事なんてそう頻繁に起こるものではない。基本的には何の変哲のない映像を延々と見続けるだけ。かといって、サボることもままならない。だって、わたしの仕事はまた別の誰かに監視されているのだから。そんな状況下でサボるだなんて命とりだ。
というわけで、表向きは熱心に、その心中の何割かはくだらない詩作、あるいは思索にふけりながら、今日も今日とて監視作業に精を出す。
7時から勤務して、12時に休憩を取り、12時半から再開する。それから1時間も経って、眠気に襲われていたころのこと。
右上のディスプレイに、気になる影が映った。
即座に全画面表示。映像が6画面に跨って拡大される。
そこには、一人の男の姿が映っていた。場所はK-46地区の袋小路。何やら切羽詰まった表情でしきりにあちこちを見ている。
わたしは動揺した。彼は、わたしの密かな想い人だった。
何者かに追われていそうだ。テロリストか、はたまた公安警察か。でも、そんなことがありえるだろうか。彼は善良な人、人畜無害、いやむしろ愚鈍とさえいえるような人物だ。わたしがそれとなくアプローチしてみたって、気づきやしない。今日だって、極めて「市民的」な生活を送っていたはず。
いやまてよ。彼ははめられたのではないか。
少しの逡巡の後、彼のアカウントの行動履歴を職員権限で検索した。そして驚いた。日頃からよく顔を合わせる自分にも全く知らない情報が躍り出る。
アカウントを乗っ取られている。彼のアカウントで悪意の誰かが行動している。その行動は反体制的活動のオンパレード。テロリストのそれだ。そのとばっちりで彼は追跡されている。そうとしか思えない。
わたしは全身が粟立つのを感じた。心臓が早鐘を打つ。
何とかしなければ。彼が捕まってしまう。
わたしは彼の周囲の情報を検索した。逃げ道が一つあることが分かった。彼の背後に隠し扉。これは、高ランクの市民にしか利用する権限が無い。でも、今のわたしには一時的に権限が与えられている。
わたしは遠隔操作で扉を開いた。だけど、彼は扉に気づかない。
仕方なしにスピーカーをオンにした。
「市民、K3569。扉が開いています。通りなさい」
ぎょっとした顔をして、彼はスピーカーのある方、カメラに顔を向ける。
ちらりと、後ろに視線をやって、またこちらを見た。
「し、しかし、このゲートをくぐる権限は僕には無いのでは?」
「いいから、早く!」
思わず切羽詰まった声が出た。
「え、もしかして、君……エリーなのか、なんでまた、僕なんかを」
ああ、もう、どこまで鈍感なんだ!気づいてよ!
「バカ、そんなこといいから、早く!」
焦った表情のまま彼はこちらをじっと見る。それから一つうなずいて、扉の中へと駆けて行った。
即座にわたしは扉を閉じる。数秒もしないうちに2人の男がディスプレイに現れて、カメラの方を睨む。無表情で無個性な瓜二つの顔。
視線を逸らす。必死になってキーボードを叩く。彼の市民IDの行動履歴を改ざん、あるいは訂正して、正規の内容に戻す。操作の痕跡もさっぱり削除する。これで彼は元通り、フツーの市民に復帰したことになる。なんとかギリギリ間に合った。わたしならこのぐらい朝飯前。一息つく。
そして、わたしは……。
背後のドアが乱暴に開く。先ほど見たエージェントと全く似た容貌の男が二人。
「テロリストめ、貴様を逮捕する。国家保安管理システムの不正利用に対する罪だ」
ああ、そんな罪になるんだね。
「
ここは完全無欠のユートピア
みんなしあわせ夢の国
市民はみんな鈍感で
お国を信じて疑わない
お国ももちろん鈍感で
鬼畜の所業をやめられない
ああ、なんて素敵なユートピア
わたしのような聡い人は皆
既に去ったかあるいはこれから
少しずつ、縊られるのだろう
」
連行されている合間に小声でうたってみる。反応はない。命じられたままに動くだけのエージェントには、あからさまな言葉でさえも理解できないのだ。その馬鹿さ加減に、なんだか笑ってしまった。少しの涙を交えて。
まあ、でも、もしかしたら、これで少しは気づいてもらえたかな、なんて。
ここは完全無欠のユートピア
みんなしあわせ夢の国
今日も街に張り巡らせた
監視カメラと警察で
最高の暮らしを守ってる
犯罪も疫病も不正も不合理も
ここでは一切あり得ない
~~~
心の中で密にポエムを作ってうたう。わたしは少し笑った。もちろん、これも心の中で。
もしかしたら口の端が少し歪んだかもしれない。でも、何も警告されないのだから多分セーフ。
わたしは自分のデスクに置かれた6台のディスプレイを眺めている。そこに映るのはこの街の至る所に張り巡らせた監視カメラの映像。公園、広場、配給所、路地裏、それから誰かの家のリビング。次から次へと切り替えて監視する。これがわたしの仕事。犯罪やテロリズムの兆候を早期に検知して、潰す。そうして国家の安全を守っているのだ。わたしはこの仕事に誇りをもっている……
わけもなく。
悪事なんてそう頻繁に起こるものではない。基本的には何の変哲のない映像を延々と見続けるだけ。かといって、サボることもままならない。だって、わたしの仕事はまた別の誰かに監視されているのだから。そんな状況下でサボるだなんて命とりだ。
というわけで、表向きは熱心に、その心中の何割かはくだらない詩作、あるいは思索にふけりながら、今日も今日とて監視作業に精を出す。
7時から勤務して、12時に休憩を取り、12時半から再開する。それから1時間も経って、眠気に襲われていたころのこと。
右上のディスプレイに、気になる影が映った。
即座に全画面表示。映像が6画面に跨って拡大される。
そこには、一人の男の姿が映っていた。場所はK-46地区の袋小路。何やら切羽詰まった表情でしきりにあちこちを見ている。
わたしは動揺した。彼は、わたしの密かな想い人だった。
何者かに追われていそうだ。テロリストか、はたまた公安警察か。でも、そんなことがありえるだろうか。彼は善良な人、人畜無害、いやむしろ愚鈍とさえいえるような人物だ。わたしがそれとなくアプローチしてみたって、気づきやしない。今日だって、極めて「市民的」な生活を送っていたはず。
いやまてよ。彼ははめられたのではないか。
少しの逡巡の後、彼のアカウントの行動履歴を職員権限で検索した。そして驚いた。日頃からよく顔を合わせる自分にも全く知らない情報が躍り出る。
アカウントを乗っ取られている。彼のアカウントで悪意の誰かが行動している。その行動は反体制的活動のオンパレード。テロリストのそれだ。そのとばっちりで彼は追跡されている。そうとしか思えない。
わたしは全身が粟立つのを感じた。心臓が早鐘を打つ。
何とかしなければ。彼が捕まってしまう。
わたしは彼の周囲の情報を検索した。逃げ道が一つあることが分かった。彼の背後に隠し扉。これは、高ランクの市民にしか利用する権限が無い。でも、今のわたしには一時的に権限が与えられている。
わたしは遠隔操作で扉を開いた。だけど、彼は扉に気づかない。
仕方なしにスピーカーをオンにした。
「市民、K3569。扉が開いています。通りなさい」
ぎょっとした顔をして、彼はスピーカーのある方、カメラに顔を向ける。
ちらりと、後ろに視線をやって、またこちらを見た。
「し、しかし、このゲートをくぐる権限は僕には無いのでは?」
「いいから、早く!」
思わず切羽詰まった声が出た。
「え、もしかして、君……エリーなのか、なんでまた、僕なんかを」
ああ、もう、どこまで鈍感なんだ!気づいてよ!
「バカ、そんなこといいから、早く!」
焦った表情のまま彼はこちらをじっと見る。それから一つうなずいて、扉の中へと駆けて行った。
即座にわたしは扉を閉じる。数秒もしないうちに2人の男がディスプレイに現れて、カメラの方を睨む。無表情で無個性な瓜二つの顔。
視線を逸らす。必死になってキーボードを叩く。彼の市民IDの行動履歴を改ざん、あるいは訂正して、正規の内容に戻す。操作の痕跡もさっぱり削除する。これで彼は元通り、フツーの市民に復帰したことになる。なんとかギリギリ間に合った。わたしならこのぐらい朝飯前。一息つく。
そして、わたしは……。
背後のドアが乱暴に開く。先ほど見たエージェントと全く似た容貌の男が二人。
「テロリストめ、貴様を逮捕する。国家保安管理システムの不正利用に対する罪だ」
ああ、そんな罪になるんだね。
「
ここは完全無欠のユートピア
みんなしあわせ夢の国
市民はみんな鈍感で
お国を信じて疑わない
お国ももちろん鈍感で
鬼畜の所業をやめられない
ああ、なんて素敵なユートピア
わたしのような聡い人は皆
既に去ったかあるいはこれから
少しずつ、縊られるのだろう
」
連行されている合間に小声でうたってみる。反応はない。命じられたままに動くだけのエージェントには、あからさまな言葉でさえも理解できないのだ。その馬鹿さ加減に、なんだか笑ってしまった。少しの涙を交えて。
まあ、でも、もしかしたら、これで少しは気づいてもらえたかな、なんて。