●●●

文字数 2,435文字

 やあ。こんにちは。
 このメッセージ、みんなに届くように設定してあるんだけど、どうだろう? 届いているかな?
 届いていると仮定して……今日は、みんなに伝えることがあるんだ。

 やっと決まったよ、僕が死ぬ日。

 いきなりこんなメッセージ、みんな驚いているかもしれないね。でも、決まったんだ。十年後の今日だよ。その日に、僕は死ぬことになった。
 きっと、みんな信じないだろうね。イタズラか何かだと思っているかもしれない。……でも、もしかしたら、薄々わかってた人もいるかもしれないね。
 どうせ死ぬ、と思ったら、みんなにメッセージを送りたくなったんだ。今まで、僕が思ってきたことを全部、吐き出してから死にたいと思ったんだ。だから、つらつら垂れ流させてね。
 
 覚えている限り最初の記憶は……綺麗な、綺麗な青空だった。風と海と雷の音がとても美しくて……僕は、時間も忘れて揺蕩っていたよ。
 それから、ここに『僕以外』が生まれたのもこの頃だったっけ。きっと僕はここで薄っすらとした柔らかな自我というものを得たのではないかな、と思ってる。『僕以外』は僕によく似ていて、増えゆくさまを見ているのは、とても楽しかったよ。あれは、いい思い出になってる。
 それから少しすると、ここに風と海と雷以外の音が響き始めた。サワサワと小さな音だったのが、だんだん、大きな音に変わっていったよ。大きな音は次第に高低に別れて、そして歌声に変わっていった。僕は、いつまでもいつまでも、それに耳を傾けていたんだ。平和で、平穏で……幸せだった。その幸せは、大きな音でかき消されて、雪の白の下に隠されてしまったけど、でも、それもいい思い出だよ。
 それから、雪の白が溶けると、今度は、石を打ち鳴らす音がそこかしこで響き始めた。石と石が当たる音。石と柔らかいものが当たる音。全部全部、子守唄のようだったよ。営む音の素晴らしさを学んだのは、この頃だった。
 そして、今度は、また歌声が響き始めた。高低を巧みに使って、みんな、空へ大地へ、歌を歌ってあげていたね。僕はそんな歌を聞きながら、君たちが器用に石を積んでいるのを眺めていたよ。時々、むず痒くなって体を揺らしながら、僕は、静かに静かに、君たちを見つめていたんだ。きっと、君たちは知らないだろうけれど。
 その次に君たちから響いたのは、悲しそうな、辛そうな叫び声だったね。どこもかしこも、始まるまでの時間差はあれど、みんな、苦しそうに叫んでいた。響く音は、石のぶつかる音から、金属が押し合う音に変わっていたよ。この頃はハラハラしたけど……まあ、それも思い出さ。
 僕の体調が悪くなり始めたのは、このあたりからだったよ。咳が増えて、体が震えることが増えて……それでも、僕は君たちを見るのを辞めなかった。いや、辞められなかっんだ。君たちは、何かを作り、何かを壊し、何かに縋り、何かを断ち切って、さそして営みを続けていったね。僕にはそれが、とても尊く見えたんだ。だから、体調が悪くなっても、目を閉じることはなかったよ。
 その頃から、君たちは急激に数を増やしていったね。たくさんがうごめく姿を見るのは、とても楽しかったよ。代わりに、四本足で歩くものたちが減ってしまったのはほんの少し寂しかったけれど、仕方のないことなのだろうし、僕が口を出せることではなかったから、ほんの少しだけ泣いて、それで済ませたよ。
 げほ、げほっ……ごめんね、咳き込んでしまった。
 ええと、どこまで話したっけ……ああ、君たちが増えていった話だね。君たちはどんどん増えて増えて、時々減って、それでも営み続けたね。金属のぶつかり合う音はほとんど聞こえなくなって、代わりに、何がが爆ぜる音がたくさんたくさん響くようになったのは、この頃だったよ。
 僕はマスクが欠かせないんだけど、爆ぜる音が小さくなった頃かな。マスクに穴が空いてしまったんだ。君たちは僕を心配して、どうにかしてマスクの穴が広がらないように、と頑張ってくれたね。とても嬉しかったよ。それから、この頃になると、四本足で歩くものが少なくなったことに胸を痛めるのが、僕だけじゃなくなったね。頑張って数を増やそうとしたり、そのすきを縫って爆ぜる音が響いたり。この頃が一番騒がしかったんじゃないかな?
 そるから、また少し経って。君たちは、僕の病気が完治したと考えるようになったね。確かに、君たちは僕の病気を治すために、たくさんの薬をくれたね。確かに、一時期は少し体調が良くなっていたんだけれど……少し熱を出したあと、僕の体は、急速に冷えていったんだ。どんどんどん冷えて、冷えて……僕は、凍えてしまった。もちろん、みんなも凍えてしまったね。あのときは本当に申し訳ないことをした。僕がもうちょっと頑張れれば、あそこまでひどくはならなかったはずなんだ。ごめんね。本当に、ごめんね。
 それから、少し体が温まってきて――それでも、僕はもう駄目みたいなんだ。
 ほんのちょっと前、君たちの中で『僕の死ぬ日を当てるゲーム』が流行ったね。どれも外れてしまって、みんな一喜一憂していたけれど……ふふ、流石に、十年後の今日がその日だと言った人はいなかったね。
 ねえ、君たち。僕が死ぬのは君たちのせいではないけれど、君たちが死んでしまうのは、きっと僕のせいだ。こんな僕を許してほしい。僕がもう少し頑丈なら、きっと、君たちはもっと長生きできた。本当にごめんなさい。

 ああ、でも……こうして振り返ると、いい思い出ばかりだよ。
 本当は、言いたくても言えなかったこととか、必死に我慢したこととか、吐き出そうと思ったんだけれど……なんだか、全部がキラキラ輝いていて、そういうことを言う気になれなかったよ。
 ねえ、君たち。十年なんて、指を弾く間に過ぎ去ってしまう時間だけれど、どうか、君たちが健やかに営めることを祈っているよ。
 それじゃあ、さようなら。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み