短編『せんそうをはじめよう』

文字数 5,644文字

 第五一五七回人類会議は次期議長の選出で真っ二つに割れていた。
 レッド氏を擁する連合とグリーン氏を擁する同盟が全くの同数票だったのだ。
 こんなことは、第二〇九二回の人類大芸術祭の開催地選び以来だ。その時は第三の選択として南極に特設会場を設けて開催されることになった。

 今回も共同議長ではどうかと中立機関が提案したが、どちらもこれを拒否した。
 双方が敵陣営の切り崩し工作を行ったが、八九回の投票を経ても同数のままだった。

 最終手段として、人類の知能を越える超高性能コンピュータ群に判断が任された。
 コンピュータ群により、両氏のDNA解析から食べ物の好み、知能テスト、経歴などあらゆるデータ分析とシミュレーションが行われた。

 その結果、どちらが議長になっても確率的な誤差の範囲であると判断され、優劣がつけられなかった。
 コンピュータ群は本質的に同じなので、くじ引きによる決定を提案した。
 もちろん、誰も運任せなど納得しなかった。

 そこで人類会議はコンピュータ群に、歴史上もっとも優れた解決方法を尋ねた。
 コンピュータ群は再びくじ引きだと答えた。

「こんな大勢の人間が関係する重要な問題を運任せなどにはできない。他にもあるはずだ。人類会議ができる前はどうやって決めていたんだ?」
『多数の人間が関与している重要な問題を解決する方法として、《せんそう》というものが行われていたようです』
「なんだ、方法があるじゃないか。それで《せんそう》とはどういうものだ?」
『不明です。《せんそう》に関するデータがありません』
「それでは回答の意味がない」
『データはありませんが、《せんそう》について知っている人物が存在しています』
「コンピュータ群が答えられないものを知っているなんてよほど高名な学者に違いない。その人物はどこにいる?」
『人類史博物館です』
「考古学者か」
『違います。炭素固定法でコールドスリープについた人間です』
「なんでもいい。すぐに呼べ」

 博物館に展示されていた冬眠ポットがすぐに会議場へ運び込まれ、解凍が行われた。
 解凍は無事に成功しポットから、一人の男が出てきた。

「貴方はだれだ?」

 中立機関の人間が男に尋ねた。

「はっ、自分はジャンザ共和国東方師団第九九九機甲化部隊所属〇三〇一A三等兵であります!」

 男は直立不動のままハキハキと名乗った。
 コンピュータ群がデータを照会したが、該当する人物や国は存在しなかった。
 正体不明の人物だが受け答えもしっかりしていて、悪い人間ではなさそうだと中立機関は判断し、質問が行われた。

「君は《せんそう》について知っているか?」
「これは査問会でありますね、了解しました! 自分たちはゼード帝国と戦争をしていました! 意識を失う前は、輸送中でありました! 健康状態は良好であります! すぐに戦場に戻れます!」

 男の口にする《せんそう》という言葉に、人々は沸き立った。

「おお、良いぞ! その《せんそう》について是非、私たちに教えてくれないか?」
「はっ! ゼード帝国はEC二八三一にジャンザ共和国に宣戦布告、国境のシャハスを侵略しました。七日後、共和国側の大規模な軍事作戦が行われ、シャハスの奪還に成功。その後、戦線はニーグルに移動しました」
「人類の記録以前の歴史だ! コンピュータで解析を!」

 サントウヘイの言葉は聞いたこともない専門用語が多すぎて、人類会議の優秀な参加者にも理解が難しい話だった。詳しい解析は研究機関とコンピュータ群に任された。

「なるほど、色々と大変だったようだ」
「労いのお言葉感謝します! しかし、戦争は自分の生きる意味なので大変ではありません!」
「《せんそう》とは生きがいになるほどのことなのだな」
「はい! 《せんそう》には命を賭けるのであります!」
「我々は次の議長を決めるために、その《せんそう》というもの行おうとしている。しかし《せんそう》について何も知らなくて困っている。よければ、《せんそう》について色々と教えてくれないか?」
「はっ、了解しました! 自分も戦争を必要としています。自分の分かることなら、何でも答えます!」

 サントウヘイの協力的な態度に人々は一安心し、口々に感謝を述べた。

「まず《せんそう》を始めるにはどうしたらいいのだ?」
「宣戦布告であります! 相手に戦争をすると伝えるのであります!」
「なるほど挨拶は重要だな。よし、さっそく手配しよう」

 すぐに両陣営で挨拶状が準備された。
 順番による不公平があってはならないと、両陣営が同時刻に宣戦布告を発表した。

「これで《せんそう》が始まったのだな。次はどうすればよいのだ?」
「戦略目標に向かって前進するのであります!」
「目標か、具体的にはどこに向かって進めばよいのだ?」
「敵軍の首都や戦略拠点であります!」
「ふむ、それならばレッド氏とグリーン氏がそれぞれ治める国の首都がよいな」

 サントウヘイの助言通り、両陣営の代表団が相手の首都へと送られた。
 相手に侮られてはならないと、どちらの代表団も盛大に歓待された。
 代表団の人々は連日のパーティや観光を楽しみ、高価なお土産を手にそれぞれの国へと帰っていった。

「《せんそう》とは旅行のことだったのだな。しかし、これでどうやって決議を行うのだ?」

 報告を聞いたサントウヘイも首を傾げた。

「なぜ敵の首都に進軍したのに、戦闘行為を行わないのでありますか?」
「《せんとう》とはなんだ?」
「戦闘とは、敵と戦い打倒することであります!」
「スポーツのようなものだな。サッカー選手と野球選手を手配しよう」

 勘違いに気づいたサントウヘイは訂正の声を上げた。

「スポーツとは違うのであります。武器や兵器を用いて相手と戦うのであります」
「ぶき? なんだそれは? バットやボールではいけないのか?」
「バットやボールでは威力が足りません。銃や戦車、バトルアーマーなどが必要であります!」
「じゅう? せんしゃ? ばとるあーまー? 聞いたこともないな、詳しく教えてくれないか?」
「銃は火薬や磁界を用いて弾頭を発射する携行火器であります。基本的な構造は――」

 サントウヘイは出来る限り丁寧に、武器や兵器について説明した。

「《せんそう》にはそういった物が必要なのだな。すぐに作らせよう」

 自動車メーカーや工作機械メーカーの協力で武器や兵器が製造された。不公平が無いようにレッド氏とグリーン氏の両陣営に同じものが同数配られた。
 銃が三千万個、戦車が三百万台、戦闘機が百万台、バトルアーマーが五十万台など。その特需で世界的な好景気となり、多くの人々がより良い暮らしを手に入れた。

「素晴らしい武器の数々であります!」

 実際に出来上がってきた武器を見てサントウヘイは大いに喜んだ。
 その反応を見て、準備に奔走した人々も安堵した。

「他に必要なものはあるのか?」
「十分であります! これで敵兵を沢山殺せるのであります!」

 サントウヘイが実際に銃で的を撃って見せると、中立機関の人々はその威力に驚いた。

「ちょっと待って下さい。その銃を使うと、けが人がでるのではありませんか? 人を傷つけるのは良くないと思います」

 一人が声をあげると、他の人達も一理あると頷いた。

「たしかにそうだな。しかし、これが《せんそう》というものなのだろ? 少しの怪我ぐらいしかたがない。スポーツに怪我はつきものだ」
「大丈夫であります! 戦場にいない人間は怪我をしません! 武器を持っていない民間人を攻撃してはいけないのであります!」

 サントウヘイの言葉に全員が安堵の息を吐く。

「そういうルールがあれば安心だな。しかし、では誰がこのじゅうやせんしゃを使うのだ?」
「自分のようなクローン兵士を作ればいいのであります!」
「なるほど、クローンか。移植用の臓器を作るのも、じゅうやせんしゃを使うクローンを作るのも一緒だな」

 臓器培養メーカーの協力で大量のクローン兵士が製造された。頭脳には武器や兵器の扱い方を熟知しているサントウヘイの記憶データがそのままコピーされた。
 こうして宣戦布告から三年、ようやく戦争が始まった。
 最初の戦場は両陣営の首都から等距離にある平原だった。不公平がないように十万ずつのクローン兵士たちがレッドとグリーンのゼッケンに別れて配置された。
 現地時間の正午、戦闘が開始された。
 クローン兵士たちはよく戦った。サントウヘイの記憶のお陰で、初めての戦闘でもクローン兵士たちは銃の扱い方や戦車の乗り方、バトルアーマーの操縦にも混乱はなかった。

 現地時間の深夜二時、戦闘は終了した。
 まだ両陣営合わせて二百人ほどのクローン兵士が生き残っていたけれど、怪我や弾切れなどの理由で戦うことができなくなっていた。

「あまり《せんそう》が上手くできていないな」

 中立機関の人々は両陣営からの苦情で困っていた。

「ただ、物量をぶつけ合っているだけでは決着がつかないぞ。何か良い方法はないだろうか?」

 尋ねるとサントウヘイは背筋を伸ばして答えた。

「指揮官が必要だと考えます! 自分は戦うことしかできないので、戦略や戦術を考える上級将校をどなたかにお願いしたいであります!」
「確かに選手が一流であっても監督がいなければ良い試合にはならないな。しかし、《せんそう》に精通した人間はいない。そうだ、コンピュータ群に任せてはどうだろうか。人間よりも遥かに優れた《せんそう》ができるに違いない」

 コンピュータ群の素晴らしい性能を知っている人々から反対の声は上がらなかった。

『了解しました。三等兵の協力と今回の戦闘で戦争についてのデータは充実しています。行動心理学とチェスや将棋のプログラムを応用することで指揮を行うことが可能です。コンピュータ群を二つに分けることで、公平性は確保できます』

 さっそく中立機関の手でコンピュータ群は二つに分けられた。
 指揮官が作られたことで、クローン兵士の戦闘は急速に高度化していった。
 組織化された軍隊となり、相手の裏をかくために戦術が駆使された。
 偵察や防衛が重視され、戦闘行為そのものが減った。
 一回での戦闘も死者の数は百以下になった。

 戦争が高度に効率化された結果、人間にはどちらが優位なのか判断がつかなくなった。遅々として進まない膠着状態に、人類の多くは戦争が行われていることを意識しなくなったほどだ。
 しかし、コンピュータ群とクローン兵士たちにとって戦争は着実に進行していた。着実にポイントを稼ぎ、勝利への道筋を見つけ出していた。

 先にポイントが規定値に達したのは、レッド氏側のコンピュータ群とクローン兵士たちだった。
 勝利を確信したレッド陣営のコンピュータ群は全軍に大攻勢を指示した。
 満杯だったダムが決壊するように、グリーン陣営は敗走していった。
 軍事施設は次々に占拠され、慌てたグリーン氏はサントウヘイに尋ねた。

「このままでは我が陣営は《せんそう》に負けてしまう。何か逆転する方法はないか?」
「それなら決戦兵器であります! 熱核兵器で敵の首都を破壊するのであります!」
「しかし、首都には大勢の人間がいる。せんそうに参加しない人間を攻撃してはいけないルールがある」
「心配ないであります! 戦争に負けそうになったら、何をしてもいいのであります! 自分の元指揮官たちもそう決断しました!」

 サントウヘイの言葉は、不公平が無いように両陣営へ伝えられた。
 両陣営のコンピュータ群は、すぐさま核ミサイルや攻撃衛星を開発し世界中に配備した。
 その間にも戦いは続き、レッド陣営の大軍がグリーン氏が治める首都に迫っていた。

「もう限界だ! 決戦兵器はどうやって使うんだ?」

 グリーン氏はサントウヘイにすがりついた。

「総司令官がGOサインを出すであります!」
「ならGOだ! いま、すぐ!」

 攻撃の指令は公平性の観点から、すぐにレッド氏にも伝えられた。

「このままでは負けてしまう! こちらも決戦兵器GOだ!」

 両陣営合わせて一万発の核ミサイルと、二千発の衛星レーザーが首都とその他の都市、軍事施設を襲った。
 レッド氏もグリーン氏もサントウヘイも人類会議のメンバーも死んで、コンピュータ群も壊滅した。

 大勢が死んで文明は滅びた。

 それでも、わずかに生き残った人々がいた。

 厳しい状況に直面した人々は、諍いを越えて集まった。そもそも対立していたのは、議長の座を争った一部の人間達だけだったことを思い出したのだ。
 文明を取り戻すために人々は行動を開始した。人間を増やすためにクローンの製造プラントを再稼働させ、壊れた兵器から斧やノコギリ、さらに工作機械を作った。
 十分に人間が増えると、様々なことを決定する為に意見の調整が必要になった。
 そうして代表者による大きな会議が開かれることになった。
 第一回の議題は戦争についてだ。

「人類は未曾有の危機から立ち直ろうとしている。《戦争》などという愚かしい行為を、もう二度と起こしてはならない」

 戦争の恐ろしさを知っている参加者は深く頷いた。

「そのためにも《戦争》に関する全ての記録を破棄、これについて語ることも一切禁止にする法律を作ろうと思う。どうだろうか?」

 この素晴らしい提案だと満場一致で裁決された。

「ありがとう、これで人類は誤ちを繰り返すことはないだろう」

 戦争の記録は全て廃棄され、戦争について語ることも禁止された。

 こうして長い平和がおとずれた。
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