大事な思いはフタツ
文字数 4,814文字
「うぁあああ……」
アタシ――溝口茜(みぞぐちあかね)は今、人生の中で暫定一位となる危機に直面して机に突っ伏し唸っていた。何故そんなにも落ち込んでいるのかって? まあ聞いてくれるとありがたい。
『ユイー! 遊びに来たよぉおおおおっ♪』
『いらっしゃい。茜ちゃ――きゃっ! 急に抱き着くのはダメだよぉ』
これはつい一週間前の出来事。アタシは1年前の地元の夏祭りで告白してモノにした彼女である同級生の結花(ゆいか)の家へ久々に遊びに来ていた。
『いやー最近部活が忙しくてね、これは遊べなくてゴメンのハグ!』
『ぶ、部活はしょうがないと思うけど、そろそろ離れて……ね?』
『――茜さん、こんにちは』
ユイの部屋で彼女を抱きしめていると背後から鞄を肩にかけた男の子が現れる。
『こんにちは達也クン、お邪魔するね~』
『ごゆっくりどうぞ。姉さん、僕も遊びに行くから、家を空ける時は鍵を持って行ってね』
『あ、うん……行ってらっしゃい、タッくん♪』
タッくんと呼ばれているこの男の子はユイの弟で……まあ、年下とは思えないぐらいしっかりとした子なんですよ。私よりも勉強できるの。
『……さてさて、邪魔者って言っては悪いけど、これでイチャイチャできるね♪』
『う、うん……そう、ね……』
ユイを抱きしめながら耳元でそう囁くと彼女はどこか戸惑っているような声色で返事をする。
『じゃあキスからでいい?』
『うん……優しくね』
アタシたちはベッドの上で了承を取ってから唇同士をそっと触れ合わせる。ぷにぷにとしたグミのような弾力に、ほんのりと香る柑橘系のリップクリームが爽やかなアクセントに、これこそ愛しの恋人の唇だ。
(ユイの唇、やっぱり美味しいなぁ……もっと欲しい)
『ンんっ……あかね、ちゃ……!』
触れ合うだけのキスから彼女の口へ舌を少し強引に侵入させて内部に広がる甘い果汁も堪能していく。ゆっくりと、口の中全部を味わいながら見つめる彼女の瞳はとても綺麗だった。
『ちゅる、ン……ぷはっ。はぁ、はぁ……ユイの味がした。今度はこっち……』
『あ、ダメ……まだ早いっ、よ……!』
ユイの衣服に手をかけようとすると頬を赤くした彼女にその腕を掴まれる。
『ダメじゃないって。遅くなったら弟クンも帰ってきちゃうし、私はユイとイチャイチャしたいなぁ?』
そう言ってユイの腕を下ろさせて服を脱がせていく。アタシと違って白く、透き通るような肌、まるで真珠のようなその肌にアタシのモノだと口づけをして、流れのままにユイの纏っている薄布も取り去ろうとしたとき――
『や、やっぱりイヤっ!』
ユイに思いっきり突き飛ばされてベッドの上で仰向けになる。一瞬何が起きたのかわからなくなったアタシはすぐ起き上がって彼女の方を見る。
『……っ!』
小さく震えて、瞳から小さな粒をぽろぽろと流していた。
『ゆ、ユイ……?』
『ごめん、なさい……帰って』
『え……? ど、どうし――』
『お願い帰って……!』
ユイの泣きそうになりながらの強い一言に気が付けばアタシはユイの家の外にいた。今冷静になってもどういう風に家を出たのかは覚えていない。それほどショックだったのはわかる。
それからユイと学校で合っても目を逸らされるし、メールも返ってこない。
――とまあ、ざっくりとだがこれがアタシの落ち込んでいる理由。つまり、恋人に嫌われた。もう地獄のどん底の最下層である。
「おあああぁ……」
「おう、ずいぶんと個性的な溜息をついてるじゃないか。何かあったのか?」
そんなアタシに声をかけてきたのは昔からの幼馴染でやんちゃ友達の智樹(ともき)だった。
「うっさい、アンタにはアタシの辛みってやつがわかりっこないよぅだ」
「人がせっかく気にかけてやってるのに酷いな。悩んでいるときは誰かに相談した方が楽になるって親父が言ってたぜ?」
「はぁ、じゃあちょっと座って」
これ以上絡まれても面倒くさいと思ったアタシは智樹を座らせてさっきまでの話を事細かに説明する。
「……ん~、まぁ人の恋愛事情には茶々を入れるつもりはないけどよ、それはお前が悪いな」
「はぁ!? なんで!? アタシはユイのことが大好きで大好きで大好きで!」
「そこだよ馬鹿。聞いてる限りだと殆ど強引にモノを進めてるじゃねぇか。お前が結花さんの意見を聞こうとしたような話はひとかけらもなかったぞ?」
「う、それは……」
智樹は「それみろ」と深い溜息をつきながら頭を抱える。
「お前は昔から人を巻き込むだけ巻き込む癖があんだ。良いところでもあれば悪いところでよ、なるべく相手がどう思っているのか聞いてみたらどうだ」
「……智樹のクセになんか的確な指摘ね、腹立つわ。でもありがと、今度ユイを呼んで聞いてみるよ」
智樹の言う通りちょっとスッとしたのがなんか癪だけど、私は彼にお礼を言って早速ユイにメールを送る。
◆ ◆ ◆
――ユイ、この前はごめん。今度よかったらだけど二人きりで話したいな。
◆ ◆ ◆
(……茜ちゃんからだ)
彼女から送られてきたラインを見て胸がきゅっとなる。私はとある理由から茜ちゃんのことを避けてきた。
(返事しようかな、どうしよう)
別に嫌いになったわけではない。なんというか、もっと別の事情だ。
他のメッセージも返信できずに一週間が経ち、今もその状態が続いている。
(でも、なんて返事したら良いのかな……やっぱりやめよう)
私は結局彼女に変身しないまま携帯を自室の机に置いて晩御飯の支度をしている弟がいるリビングへと向かう。
「――姉さん、今日の晩御飯はもうできてるから食べる?」
「そうね、ありがとうタッくん」
「いいよ、当番制って決めたのは僕たちだし。ほら座って」
椅子に座って弟の作った料理を一緒に食べる、いつもの光景だ。
「「……」」
でも沈黙が続く、家では食事中にテレビをつける習慣がないためか、この沈黙からくる静けさはとても不気味に感じる。
「姉さん、最近茜さんが遊びに来ないけど何かあったの?」
弟にそう言われて私はびくっと体を反応させる。
「え? ど、どうしてそう思うの……?」
「どうしてって最近暗い表情になることが多かったから」
そういえば弟はいつもこういった勘だけは鋭いことを忘れていた。これ以上の隠し事は難しいと思った私はそのきっかけと理由を素直に打ち明ける。茜ちゃんが私の恋人ということを話したときはびっくりされたけど。
「なるほど……茜さんが恋人だったのは初めて知ったよ。それで最近距離を空けているんだね」
「そうなの、それでどうしたら仲直りできるのかなって。こっちが急に突き放したみたいで嫌な気持ちになってないかって……」
「だったら面と向かって本人と話した方がいいと思うな」
それができたらそんなに苦しんではいないと弟に返すも「勇気をもってそれをするべきだ」と強く返される。
「茜さんが会いたくないって言っているなら難しいけど、本人は会いたがっているんでしょ? だったら会って話し合わないと」
「うぅ……で、できる……かな?」
「姉さんならできる。茜さんも理解してくれると思うよ、姉さんのことを本気で愛してるんだから」
「あ、愛して……っ!? そ、そんなにお姉ちゃんを揶揄っちゃだめだよぅ……!」
こうして弟から勇気とアドバイスをもらった私は決意を固めて、茜ちゃんからのメッセージに返信することにしたのだ。
◆ ◆ ◆
――私も、茜ちゃんと会いたいです。会ってくれますか?
◆ ◆ ◆
(緊張する……十日ぶりのユイだよ!? まともに話せるかな……)
メールの返信を受けてアタシは自室でユイと会う約束をした。しかしアタシの不安はこの十日間で大きなモノに膨れ上がっている。
『いいか、絶対に言葉より先に体を前に出すなよ。ちゃんと真摯に聞いてあげるんだぞ』
智樹からアドバイスも聞いたし大丈夫……だと思う、善処する気はある。
「――来たっ!」
暫くドキドキしながら玄関前で待っているとインターホンが鳴り、アタシは急いでドアを開ける。
「ま、待った?」
「えっと……まだチャイムを押したばかり……」
「「……」」
最悪な始まり方、もうヤだってこの空気。
とりあえずユイを部屋に上がらせてベッドに座らせる。
「「…………」」
また沈黙が続く。座ってからもう十分経っているのにお互い一言も発していない。たまに目が合ったとしてもすぐに視線を逸らしてしまったり逸らされたりする。そんな空間に居続けると胃までキリキリと痛み始めてきた。
話したい、話したいけどどうやって切り出せばいいかわからない。そんな気持ちで悶々とし始めついに我慢の限界を迎える。
「「あのっ!」」
まさかの同時だった。アタシはユイにお先を譲る。
「あの、ごめんなさい……私、無視したり返信しなくて……」
「いいって、それはアタシにも非があるというかなんというか……」
「私ね、怖かったの……茜ちゃんを好きになるの」
ぽつりぽつりとユイが喋りだす。
「忙しくなって、中々会えなくなって……それで久しぶりに会って、いつものようにイチャイチャしたいって思ったの。でもね、いつも茜ちゃんばっかり愛してくれることに気づいちゃって、私は何もできてなかったのかなって思ったら急に怖くなったの」
ユイの手の甲に涙がぽたぽたと流れ落ち、弱々しい声になりながらも続ける。
「それで……どうしたらいいか、わから……なくてっ……私っ、ごめんなさい……っ!」
「ユイ……」
「私が変わったから……? 私が変わって、疑問に感じたからこんなことになっちゃったのかな……」
ユイの言葉で理解した。アタシの今までの行動は愛の押し売りだったということ、今までユイの意思を聞こうとしなかったこと、全てアタシの我儘になっていたのだ。
「ごめん、ごめんなさいっ……私のせい……」
「――ユイっ!」
アタシは今にも泣きだしそうなユイを思いっきり抱きしめる。
「ユイのせいじゃない! ユイのせいじゃないからっ!」
どのぐらいの声量で叫んだのだろうか。ユイは少し驚いた表情で困惑する。
「全部、全部アタシのせいだから! アタシはユイのことを見ていたつもりだった……でも本当は見ていなかった、ユイの本心を見つめることができなかったの……」
うまく言葉が繋がらない。言いたいことを言いたいだけなのに何故か言葉出てこない。それでもアタシは頑張って伝える。
「だから、だからっ……ユイを愛したい! ユイと愛し合いたい! 頑張るから、ユイのことをちゃんと考えるから! これからも、アタシの彼女でいてください!」
「……うんっ! 私も茜ちゃんのことが好きっ!」
アタシたちは抱き合いながらわんわんと泣いた。お互いの顔もぐしゃぐしゃになって、着ていた衣服もお互いの涙や鼻水ですごいことになったので一緒にお風呂も――っと、これは内緒の話にしないといけないヤツだったわ。
「――茜ちゃーん、そっちの肥料取ってー! あとそこは足場が悪いから気をつけてね!」
「はいはい! 今持ってくるから待って――うわぁっ!?」
「茜ちゃん!? 大丈夫? ケガとかない……?」
あれから数日、アタシたちはいつものように熱々な毎日を送り、なるべく自分の欲望を抑えつつユイと付き合っている。あ、今はユイの部活を手伝っている最中ね。
「あぅ……泥だらけだし腰も打っちゃったよぉ、後で一緒にシャワー浴びよう!」
「もう、本当は平気でしょ? でも泥だらけじゃ後が大変ね」
「えへへ♪ ありがと、ユイ。愛してる」
「……私も、愛してる♪」
ちなみに卒業したら同じ大学に入学してちょっとしたら結婚する予定。そのためには色々と壁が立ちふさがるけど、アタシはユイと一緒ならどんな壁でも超えられる気がしてる。
だって最愛の人だのも――
アタシ――溝口茜(みぞぐちあかね)は今、人生の中で暫定一位となる危機に直面して机に突っ伏し唸っていた。何故そんなにも落ち込んでいるのかって? まあ聞いてくれるとありがたい。
『ユイー! 遊びに来たよぉおおおおっ♪』
『いらっしゃい。茜ちゃ――きゃっ! 急に抱き着くのはダメだよぉ』
これはつい一週間前の出来事。アタシは1年前の地元の夏祭りで告白してモノにした彼女である同級生の結花(ゆいか)の家へ久々に遊びに来ていた。
『いやー最近部活が忙しくてね、これは遊べなくてゴメンのハグ!』
『ぶ、部活はしょうがないと思うけど、そろそろ離れて……ね?』
『――茜さん、こんにちは』
ユイの部屋で彼女を抱きしめていると背後から鞄を肩にかけた男の子が現れる。
『こんにちは達也クン、お邪魔するね~』
『ごゆっくりどうぞ。姉さん、僕も遊びに行くから、家を空ける時は鍵を持って行ってね』
『あ、うん……行ってらっしゃい、タッくん♪』
タッくんと呼ばれているこの男の子はユイの弟で……まあ、年下とは思えないぐらいしっかりとした子なんですよ。私よりも勉強できるの。
『……さてさて、邪魔者って言っては悪いけど、これでイチャイチャできるね♪』
『う、うん……そう、ね……』
ユイを抱きしめながら耳元でそう囁くと彼女はどこか戸惑っているような声色で返事をする。
『じゃあキスからでいい?』
『うん……優しくね』
アタシたちはベッドの上で了承を取ってから唇同士をそっと触れ合わせる。ぷにぷにとしたグミのような弾力に、ほんのりと香る柑橘系のリップクリームが爽やかなアクセントに、これこそ愛しの恋人の唇だ。
(ユイの唇、やっぱり美味しいなぁ……もっと欲しい)
『ンんっ……あかね、ちゃ……!』
触れ合うだけのキスから彼女の口へ舌を少し強引に侵入させて内部に広がる甘い果汁も堪能していく。ゆっくりと、口の中全部を味わいながら見つめる彼女の瞳はとても綺麗だった。
『ちゅる、ン……ぷはっ。はぁ、はぁ……ユイの味がした。今度はこっち……』
『あ、ダメ……まだ早いっ、よ……!』
ユイの衣服に手をかけようとすると頬を赤くした彼女にその腕を掴まれる。
『ダメじゃないって。遅くなったら弟クンも帰ってきちゃうし、私はユイとイチャイチャしたいなぁ?』
そう言ってユイの腕を下ろさせて服を脱がせていく。アタシと違って白く、透き通るような肌、まるで真珠のようなその肌にアタシのモノだと口づけをして、流れのままにユイの纏っている薄布も取り去ろうとしたとき――
『や、やっぱりイヤっ!』
ユイに思いっきり突き飛ばされてベッドの上で仰向けになる。一瞬何が起きたのかわからなくなったアタシはすぐ起き上がって彼女の方を見る。
『……っ!』
小さく震えて、瞳から小さな粒をぽろぽろと流していた。
『ゆ、ユイ……?』
『ごめん、なさい……帰って』
『え……? ど、どうし――』
『お願い帰って……!』
ユイの泣きそうになりながらの強い一言に気が付けばアタシはユイの家の外にいた。今冷静になってもどういう風に家を出たのかは覚えていない。それほどショックだったのはわかる。
それからユイと学校で合っても目を逸らされるし、メールも返ってこない。
――とまあ、ざっくりとだがこれがアタシの落ち込んでいる理由。つまり、恋人に嫌われた。もう地獄のどん底の最下層である。
「おあああぁ……」
「おう、ずいぶんと個性的な溜息をついてるじゃないか。何かあったのか?」
そんなアタシに声をかけてきたのは昔からの幼馴染でやんちゃ友達の智樹(ともき)だった。
「うっさい、アンタにはアタシの辛みってやつがわかりっこないよぅだ」
「人がせっかく気にかけてやってるのに酷いな。悩んでいるときは誰かに相談した方が楽になるって親父が言ってたぜ?」
「はぁ、じゃあちょっと座って」
これ以上絡まれても面倒くさいと思ったアタシは智樹を座らせてさっきまでの話を事細かに説明する。
「……ん~、まぁ人の恋愛事情には茶々を入れるつもりはないけどよ、それはお前が悪いな」
「はぁ!? なんで!? アタシはユイのことが大好きで大好きで大好きで!」
「そこだよ馬鹿。聞いてる限りだと殆ど強引にモノを進めてるじゃねぇか。お前が結花さんの意見を聞こうとしたような話はひとかけらもなかったぞ?」
「う、それは……」
智樹は「それみろ」と深い溜息をつきながら頭を抱える。
「お前は昔から人を巻き込むだけ巻き込む癖があんだ。良いところでもあれば悪いところでよ、なるべく相手がどう思っているのか聞いてみたらどうだ」
「……智樹のクセになんか的確な指摘ね、腹立つわ。でもありがと、今度ユイを呼んで聞いてみるよ」
智樹の言う通りちょっとスッとしたのがなんか癪だけど、私は彼にお礼を言って早速ユイにメールを送る。
◆ ◆ ◆
――ユイ、この前はごめん。今度よかったらだけど二人きりで話したいな。
◆ ◆ ◆
(……茜ちゃんからだ)
彼女から送られてきたラインを見て胸がきゅっとなる。私はとある理由から茜ちゃんのことを避けてきた。
(返事しようかな、どうしよう)
別に嫌いになったわけではない。なんというか、もっと別の事情だ。
他のメッセージも返信できずに一週間が経ち、今もその状態が続いている。
(でも、なんて返事したら良いのかな……やっぱりやめよう)
私は結局彼女に変身しないまま携帯を自室の机に置いて晩御飯の支度をしている弟がいるリビングへと向かう。
「――姉さん、今日の晩御飯はもうできてるから食べる?」
「そうね、ありがとうタッくん」
「いいよ、当番制って決めたのは僕たちだし。ほら座って」
椅子に座って弟の作った料理を一緒に食べる、いつもの光景だ。
「「……」」
でも沈黙が続く、家では食事中にテレビをつける習慣がないためか、この沈黙からくる静けさはとても不気味に感じる。
「姉さん、最近茜さんが遊びに来ないけど何かあったの?」
弟にそう言われて私はびくっと体を反応させる。
「え? ど、どうしてそう思うの……?」
「どうしてって最近暗い表情になることが多かったから」
そういえば弟はいつもこういった勘だけは鋭いことを忘れていた。これ以上の隠し事は難しいと思った私はそのきっかけと理由を素直に打ち明ける。茜ちゃんが私の恋人ということを話したときはびっくりされたけど。
「なるほど……茜さんが恋人だったのは初めて知ったよ。それで最近距離を空けているんだね」
「そうなの、それでどうしたら仲直りできるのかなって。こっちが急に突き放したみたいで嫌な気持ちになってないかって……」
「だったら面と向かって本人と話した方がいいと思うな」
それができたらそんなに苦しんではいないと弟に返すも「勇気をもってそれをするべきだ」と強く返される。
「茜さんが会いたくないって言っているなら難しいけど、本人は会いたがっているんでしょ? だったら会って話し合わないと」
「うぅ……で、できる……かな?」
「姉さんならできる。茜さんも理解してくれると思うよ、姉さんのことを本気で愛してるんだから」
「あ、愛して……っ!? そ、そんなにお姉ちゃんを揶揄っちゃだめだよぅ……!」
こうして弟から勇気とアドバイスをもらった私は決意を固めて、茜ちゃんからのメッセージに返信することにしたのだ。
◆ ◆ ◆
――私も、茜ちゃんと会いたいです。会ってくれますか?
◆ ◆ ◆
(緊張する……十日ぶりのユイだよ!? まともに話せるかな……)
メールの返信を受けてアタシは自室でユイと会う約束をした。しかしアタシの不安はこの十日間で大きなモノに膨れ上がっている。
『いいか、絶対に言葉より先に体を前に出すなよ。ちゃんと真摯に聞いてあげるんだぞ』
智樹からアドバイスも聞いたし大丈夫……だと思う、善処する気はある。
「――来たっ!」
暫くドキドキしながら玄関前で待っているとインターホンが鳴り、アタシは急いでドアを開ける。
「ま、待った?」
「えっと……まだチャイムを押したばかり……」
「「……」」
最悪な始まり方、もうヤだってこの空気。
とりあえずユイを部屋に上がらせてベッドに座らせる。
「「…………」」
また沈黙が続く。座ってからもう十分経っているのにお互い一言も発していない。たまに目が合ったとしてもすぐに視線を逸らしてしまったり逸らされたりする。そんな空間に居続けると胃までキリキリと痛み始めてきた。
話したい、話したいけどどうやって切り出せばいいかわからない。そんな気持ちで悶々とし始めついに我慢の限界を迎える。
「「あのっ!」」
まさかの同時だった。アタシはユイにお先を譲る。
「あの、ごめんなさい……私、無視したり返信しなくて……」
「いいって、それはアタシにも非があるというかなんというか……」
「私ね、怖かったの……茜ちゃんを好きになるの」
ぽつりぽつりとユイが喋りだす。
「忙しくなって、中々会えなくなって……それで久しぶりに会って、いつものようにイチャイチャしたいって思ったの。でもね、いつも茜ちゃんばっかり愛してくれることに気づいちゃって、私は何もできてなかったのかなって思ったら急に怖くなったの」
ユイの手の甲に涙がぽたぽたと流れ落ち、弱々しい声になりながらも続ける。
「それで……どうしたらいいか、わから……なくてっ……私っ、ごめんなさい……っ!」
「ユイ……」
「私が変わったから……? 私が変わって、疑問に感じたからこんなことになっちゃったのかな……」
ユイの言葉で理解した。アタシの今までの行動は愛の押し売りだったということ、今までユイの意思を聞こうとしなかったこと、全てアタシの我儘になっていたのだ。
「ごめん、ごめんなさいっ……私のせい……」
「――ユイっ!」
アタシは今にも泣きだしそうなユイを思いっきり抱きしめる。
「ユイのせいじゃない! ユイのせいじゃないからっ!」
どのぐらいの声量で叫んだのだろうか。ユイは少し驚いた表情で困惑する。
「全部、全部アタシのせいだから! アタシはユイのことを見ていたつもりだった……でも本当は見ていなかった、ユイの本心を見つめることができなかったの……」
うまく言葉が繋がらない。言いたいことを言いたいだけなのに何故か言葉出てこない。それでもアタシは頑張って伝える。
「だから、だからっ……ユイを愛したい! ユイと愛し合いたい! 頑張るから、ユイのことをちゃんと考えるから! これからも、アタシの彼女でいてください!」
「……うんっ! 私も茜ちゃんのことが好きっ!」
アタシたちは抱き合いながらわんわんと泣いた。お互いの顔もぐしゃぐしゃになって、着ていた衣服もお互いの涙や鼻水ですごいことになったので一緒にお風呂も――っと、これは内緒の話にしないといけないヤツだったわ。
「――茜ちゃーん、そっちの肥料取ってー! あとそこは足場が悪いから気をつけてね!」
「はいはい! 今持ってくるから待って――うわぁっ!?」
「茜ちゃん!? 大丈夫? ケガとかない……?」
あれから数日、アタシたちはいつものように熱々な毎日を送り、なるべく自分の欲望を抑えつつユイと付き合っている。あ、今はユイの部活を手伝っている最中ね。
「あぅ……泥だらけだし腰も打っちゃったよぉ、後で一緒にシャワー浴びよう!」
「もう、本当は平気でしょ? でも泥だらけじゃ後が大変ね」
「えへへ♪ ありがと、ユイ。愛してる」
「……私も、愛してる♪」
ちなみに卒業したら同じ大学に入学してちょっとしたら結婚する予定。そのためには色々と壁が立ちふさがるけど、アタシはユイと一緒ならどんな壁でも超えられる気がしてる。
だって最愛の人だのも――