漂流

文字数 1,051文字

一体どこからやってきたのか。男は砂浜に座り波と真っ暗な空の中にひとつ光る星を眺めていた。男は目を細めしばらく星を見ているとこんな光景が頭に浮かんできた。暖かな暖炉がある広い家でオレンジ色の背景を背にゆらゆらと影が蠢いている。年老いた女性が大きなチーズとパンを乗せた木のトレイを運び、辺りには楽しそうに酒を飲み踊り散らかしている。もしかしたらここが俺の故郷なのかもしれない。もしそうだとしたら俺はもう2度と帰って来れないところまできてしまった。男は自分がどこからきたのか、誰を残してここへきたのか、変えるべき場所がどこなのか分からない。忘れたのかもともとそんなものはなかったのか。それすら忘れてしまっている。こんな考えを巡らせていると波から漂ってくる潮の臭いに自分は海にいるのだと正気に帰らせられる。ありもしない事を考えるよりもっと現実的に物事を考えなければ。昔誰かにそんな事を言われた気もするが、男はこの考えに反抗心を隠せずにいた。そんなに真面目に生きたって世の中が不真面目なんだから一体何になる。適当に愛する人を見つけていつの時代から繰り返されたか分からない家族を作って次に繋げる作業なんて何の意味もなさないのに真面目な顔をして言ってるやつの顔が馬鹿馬鹿しくこの男は思っていた。というよりある意味逃避している部分もあるのだろう。見えないものを見ようとして見えるものは見ないようにする。本当に都合の良い人間である。この男はそうゆう人間なのだ。
 沖の方に雲に隠れていた月が海面を照らし始めた。月は美しいがあれが故郷だなんて星を見た時とは違いそんな事思いもしなかった。やけに明るい月を見てまるで焼けた玉が宙に浮かんでるようだった。地球もいっそこうなって仕舞えば考える事を忘れみんな平等に終わる事ができる。男は思考する事が好きなくせに思考をやめる事を望んでいる。しかし男は思考が癖で自分では止められないのである。だから思考が止まったらどれだけ楽か思いを馳せていた。空中で燃えているような月を見ていると暖かいという言葉が頭から離れなくなり、再度思考から現実に戻る。寒い、お腹が減った。帰りたい。故郷はどこ?
 そう、男は漂流していたのだった。頭の中で思考と妄想で固めた世界が崩れ始め、また最初からになる。この遊びがあと何回続くのか、はたまた何者かに救われ帰るべき場所に帰るのか。筆者は帰るべき場所などすでになくなっていてあの一つ夜空に輝く星が故郷であるという終末を望む。
漂流は誰の中にでもあるのではないだろうか?
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