落武者の夜

文字数 9,796文字

○山の上の号円寺(夜)
   月を背に寺がある。

○同・号円寺・本堂・中(夜)
   薄暗いろうそくの明りの中、桐生荘園(66)がお経を唱えている。
   ろうそくの炎が激しく揺れる。
   桐生はお経を読みながら、胸を掻き毟り苦しそうにする。
   廊下に面した障子に月明かりが当たっている。
   月明かりに照らされた障子の向こうに、刀を持って歩く武士の影がある。
   お経を、読めなくなり、咳き込む桐生。
   桐生の背後に、甲冑を着た武士の影が立っている。
   桐生、その気配に気付き、苦しそうに、
桐生「先程から邪魔をしている者はお主か?」
   刀が、ゆっくり上に上がっていく。
桐生「この世の者では無いな……名を名乗れ!」
   桐生、振り返る。
   刀の刃に、桐生の驚いた目が写る。
   
○同・全景(夜)
   桐生の絶叫が聞こえる。

○同・境内(夜)
   武士が右手に刀、左手に首を持って歩いている。
   その首、桐生である。
   武士の顔は、左半分が血で真っ赤に染まり凸凹に曲がっている。

○山道
   カーブを走り抜ける赤い車。
   車内に流れる軽快なロックの音楽。

○同・赤い車の窓が全開になる。

○同・集落
   フロントガラスから見える景色。道の両側に小さな家が並び、途中、警官が立つ交番も見える。
   警官、目の前を過ぎる猛スピードの赤い車を見ながら、苦い顔をする。

○同・車の中
   牧田幸平(25)と河合ひとみ(23)が乗っている。
   二人は、楽しそうに歌を歌っている。
   フロントガラスに向かってくる異様な雰囲気のトンネル。
   ひとみ、歌を止めて、
ひとみ「気持ちわる……」
牧田「本当。あの向こうに『月と太陽』がある」
ひとみ、急に真剣な顔になって、
ひとみ「ここ……」
牧田「どした?」
   ひとみ、真面目に、
ひとみ「この前、テレビで見たわ。ニュースでやってた。事故があったのよ」
牧田「へぇ」
   牧田、無関心に返事する。
ひとみ「何人もの人が亡くなったのよ。トンネルの中で車が爆発したんだって。確か。聞いてる?」
牧田「聞いてるよ」
   車内が暗くなり、トンネルに入った事がわかる。
牧田「暗いなぁ」
   フロントガラスの前で、ヘッドライトが点灯し地面が見える。
ひとみ「やだ……」
牧田「何?」
   トンネルの両脇に、無数の花束が置かれているのが判る。
ひとみ「早くいこっ」
牧田「……」
ひとみ「早く……」
   ひとみ、牧田を見ると、牧田は眼を閉じている。
ひとみ「コウちゃん!」
   ひとみ、牧田の腕を握ると牧田が目をあける。
牧田「ごめん、急に眠たくなって……」
ひとみ「(怒って)もう!」
牧田「ほんとごめん」
   車内が明るくなりガラスの向こうは、山が見える。
   ひとみ、カバンからボトル入りのガムを出し、牧田の口に持って行き食べさせる。
牧田「ありがと」
   ひとみ、さらにもう一粒口に持って行く。
牧田「もういいよ」
ひとみ「ダメ。また寝るかも知れないでしょ」
   牧田、しょうがない様子で、もう一粒ガムをかむ。

○同・走る赤い車
   空に大きな黒い雲が現れてくる。遠くに、号円寺が見える。

○ロッジ『太陽と月』・看板

○同・管理棟・外
   山小屋が、数棟並んでいる。
   その一番手前の建物に、「管理棟・受付」の看板。
   駐車場には、赤い車と黒いワンボックスが止まっている。
   建物から小島雄介(51)が暇そうに出てきて、怪訝そうに空を見る。
小島「なんか、降りそうですなぁ。(振り返って)東京からですか?」
   その奥に、大きなバッグを持った牧田とひとみがいる。
   牧田は、フロントで宿泊シートに記入している。
牧田「(記入しながら)えぇ、まぁ。そんなとこです」
   フロントには、小島すず(21)がニッコリ笑っている。
すず「埼玉ですね」
   牧田、宿泊シートを隠す。
ひとみ「蛍、見れないですかね?」
小島「いやぁ……こういうジメッとした時の方が、結構たくさん飛ぶんですよ」
ひとみ「ホント? 楽しみ!」
   ひとみ、牧田の腕に抱きつく。
牧田「おい」
   牧田、恥ずかしそうにしている。
ひとみ「連れてってくれるんですか?」
牧田「そんな、忙しいから無理だよ。ねぇ?」
すず「今日は暇ですよ。月曜ですから。お客さんのほかに一組だけ。(小島に)パパぁ、連れてってあげたらぁ?」
   牧田、ひとみ、小島を見る。
小島「(怒って)こらっ。ペラペラ喋るな。(牧田に)すいません」
牧田「まぁ、大丈夫ですよ」
すず「やるぅ」
   牧田を指さす、すず。
小島「お客さんを指さすな」
すず「はい」
   すず、軽く頭を下げる。
   笑う牧田とひとみ。

○同・空
   大きく黒い雲が動いている。

○同・110号室・外
   山小屋風ロッジ。
   大きなカバンを持った牧田の後ろについていくひとみ。
牧田「重ぇよう……」
   牧田、鍵を開けている。
ひとみ「あっ……」
   ひとみ、何かを見つけて、そちらに行く。
   牧田、ドアを開けてロッジの中を見て声を出す。
牧田「うわぁ……いいぞ、ここ。なぁ、ひとみ」
   牧田、振り返ると、ひとみがいない。
牧田「ひとみ……?」
   牧田の耳。
   ひとみの微かな声が聞こえる。
ひとみの声「コウちゃん……蛍よ」
牧田「え? ひとみ? どこにいんだ?」
   牧田、荷物を置いて外に出て、辺りを見回す。

○同・川原(夕方)
   暗がりに一匹の蛍が、ユラユラと飛んでいる。
   それを追いかけて歩くひとみ。
ひとみ「コウちゃん、蛍よ」
   ひとみ、振り返ると山小屋が遠い。
ひとみ「あれ? 遠いじゃん。やばい」
   ひとみ、蛍のほうを見ると、大群になって光っている。
ひとみ「わぁ。すごい」
   ひとみ、蛍の群れに我を忘れてついていく。

○同・山小屋付近
   牧田が、ひとみを捜して走っている。
ひとみの声「あれ? 遠いじゃん。やばい」
   牧田の耳。
   牧田、「あっちか」という感じで走り出す。
ひとみの声「わぁ、すごい……」

○同・川原~山中
   薄い暗闇の山。
   一人で歩くひとみ。周りをきょろきょろして、不安げな様子で歩いている。
   ひとみ、立ち止まり、
ひとみ「迷ってんじゃん……わたし。蛍もいないし」
   ひとみ、大声で牧田を呼ぶ。
ひとみ「コウちゃん! コウちゃん!」

○同・川原
   走る牧田。
ひとみの声「コウちゃん! コウちゃん!」
   牧田の耳。
   牧田、停止して周りをキョロキョロする。
   
○同・山中
   ひとみ、カバンの中からボトル入りのガムを出す。
ひとみ「分かってくれるかなぁ?」
   ひとみ、ガムを一粒地面に落とす。
   少し歩いて、また落とす。
   地面にガムが、転々と落ちている。

○同・川原
   牧田、川原から山へ入る。
   地面に、ガムを発見する。
牧田「ガムだ……ひとみ!」
   地面のガムの跡を追って走り出す牧田。
牧田「(大声で)ひとみ!」

○同・山中
   ひとみ、ガムを落としながら歩く。
   何者かが、山の奥の暗闇からひとみを見ている。
   ひとみ、その暗闇を見つめて立ち尽くす。
   暗闇に、何者かの目の光、二つ。
牧田の声「ひとみ!」
ひとみ「(嬉しそうに)コウちゃん!!」
   牧田が走ってくる。
   ひとみ、走りよる牧田を待って抱きつく。
   何者かがそれを見ている。
ひとみ「怖かった」
牧田「声がずっと聞こえたよ。空耳じゃない」
ひとみ「うそぉ」
牧田「蛍を見たんだろ?」
ひとみ「すっごい、いっぱい、いたの」
牧田「一人で行くなよ」
   牧田、ひとみを抱きしめる。
ひとみ「うん……ごめん」
   それを見ている何者か。

○『月と太陽』・111号室・外(夜)
   大きな肉に、包丁が入る。
   紙皿に、焼き肉のタレが注がれる。
   炭火が赤々と燃えている。
   楽しげにバーベキューをしている角田公平(35)、角田洋子(33)、角田純(5)。
   純は、ワクワクした顔で箸と紙皿を持っている。
   煙に顔をゆがめる洋子。
   大きく笑う角田。
角田「純、出来たぞ」
   角田、焼けたウィンナーを、純の紙皿に乗せる。
純「食べる!」
洋子「パパ、変わってよ、場所。煙すごいんだから」
角田「ママがそこが良いって言ったんだろ……」
洋子「はいはい」
   洋子、立ち上る。

○同・ロッジの陰
   角田家の様子をうかがう何者かの目、二つ。

○同・110号室・中
   ムードのあるR&Bが流れている。
   ろうそくの炎が、部屋の中をオレンジ色に染めて、部屋に大きな影を作る。
   テーブルに、ビールとウィスキーの空き瓶。
   牧田とひとみは、部屋の真ん中で見つめ合って立っている。
牧田「お腹も一杯になった」
ひとみ「うん」
牧田「お酒も一杯飲んだ」
ひとみ「だねぇ」
   ひとみ、笑う。
牧田「酔った?」
ひとみ「酔わない」
牧田「どして?」
ひとみ「夜がもったいないから」
牧田「あら、それは頼もしい一言」
ひとみ「かな?」
牧田「ベッドが寂しそう。行く? 僕らを呼んでる」
   ひとみ、笑う。

○空に浮かぶ月

○山の中
   落武者が、ゆっくり歩いている。
   その具足をつけた足。血で汚れている。

○『月と太陽』・111号室・外(夜)
   一人で、バーベキューの片づけをしている角田。
   ロッジの周囲を歩く落武者のゾンビ。
   角田、ゴミをまとめて縛る。
   落武者、角田に向かい刀を振り上げながら近づく。
   ロッジの中から、洋子と純の笑い声が聞こえる。
   角田、それを幸せそうに聞き動作を止める。
   落武者、角田の背後に近づく。
   角田、早く戻りたくなりゴミを持って走りだす。
   落武者、刀を振り下ろす。
   洋子と純の笑い声が聞こえる。
   落武者、ロッジの方を見る。

○同・同・中
   リビングで、テレビを見て笑っている洋子と純。
   ドアが開く音がする。
純「パパだ」
   純が、走って部屋を出て行く。
   洋子が笑う。
   リビングのドアに純が着いた瞬間、勢いよくドアが開き、純が頭をぶつけて倒れる。
   そこに、仁王立ちの落武者。
   洋子の悲鳴。
   落武者、弓矢を構えて放つ。
   洋子の首を貫通する矢。
   落武者、純を見る。
   純、顔が引きつる。
   落武者、刀を大きく振り下ろす。
   洋子の悲痛な顔と悲鳴。
   洋子、首に矢を貫通させたまま、落武者に向かってくる。
   洋子は、落武者に体当たりする。
   落武者、洋子の矢を抜く。
   洋子の首から血が吹き出て、ソファが赤く濡れていく。
   悲鳴が部屋中に響く。

○同・110号室・中(夜)
   高い天井。
   悲鳴が聞こえる。
   寝ている牧田が、目を覚ます。
   牧田、横を見るとひとみがいない。
牧田「ひとみ?」
   牧田、勢いよく起き上がり、周りを見る。
   暗い部屋、静寂、ゆっくり揺れるカーテン。
   牧田の不安な顔。
   外から、誰かが歩く足音が不気味に響く。
   牧田の目。
   窓。カーテン越しに、甲冑を着た武士の歩く姿。
   牧田、見つめて動けない。
   武士の姿が、窓から消える。
   牧田、急いで起き上がり部屋中を探す。
   ソファにあるひとみの上着。
   牧田、バス、トイレをくまなく見て回るが、誰もいない。
   牧田、呆然とする。
牧田「ひとみ・・・ どこに行った?」
   激しくノックの音がする。
   牧田、急いで玄関に向かい、
牧田「ひとみ!」
   牧田、ドアを開けると、角田が狂乱の顔で牧田に抱きつき、
角田「あぁ・・・! あぁ!」
   角田、興奮して言葉にならない。
   牧田、角田を自分の体から離そうとするが、角田は隣のロッジを指さす。
   牧田、隣のロッジを見る。
   玄関が開いたままで、ドアが揺れている。
   その場で崩れ落ちる角田。
   牧田、恐る恐る111号室へ向かう。
   その背中。
   息が激しく、両肩が上下を繰り返す。

○同・111号室・中
   無残な洋子の死体が床にある。
   牧田、立ち尽くしている。
   牧田、床に視線を落とし、驚いて口を押さえる。
   吐き気を催し、部屋を出る。

○同・110号室・外
   座り込む角田の元へ、引き返してくる牧田。
牧田「とりあえず、管理室に行こう。警察だ」
   角田の肩を持ち、立ち上がらせる牧田。
牧田「行くぞ」
   牧田、角田を連れて管理棟の方に向かいだす。
牧田「クソッ! ひとみはどこにいるんだ?」
   牧田、歯を食いしばる。

○同・管理棟・外
   牧田、角田を玄関に置いて、中に入る。

○同・同・中
   誰もいない、静寂の受付。
牧田「誰かぁ! 誰かいないのか?」
   牧田、周りを見渡し、電話を見つける。
牧田、電話に駆け寄るが何かに躓いて倒れる。
   床に、足が一本転がっている。
   牧田、よく見ると、床一面に切り刻まれた小島の死体。
   牧田、慌てて部屋を出る。
牧田「正気か・・・!」

○同・同・外
   牧田、出てくると角田がいない。
   車のエンジン音がする。
   牧田、振り向くとヘッドライトに照らされ、まぶしい顔をする。
   黒いワンボックスの運転席で、必死の形相の角田。
牧田「おっさん!」
   牧田、動き出す車の運転席に近づき、
牧田「おっさん! どこに行く気だ? ここもひどい有り様になっ
てる!」
角田「知るか。俺の家族が殺されたんだ。俺は行くぞ」
牧田「どこに行くんだ? 俺だって、ひとみを捜したい! いなく
なったんだ!」
角田「ひとみ? そのひとみが犯人か? お前、グルだな!」
牧田「・・・!」
   牧田、運転席の角田を殴る。
角田「おのれ!」
   二人は、車のドアをはさんで喧嘩するが、角田アクセルを踏む。
   動き出す車。
牧田、角田を持って引きづられる。
牧田「止まれ!」
角田「離せ!」
   角田、パワーウィンドウを閉める。
   牧田の腕が窓に挟まれて、手を離してしまう。
   走り去る車。
   牧田、地面に倒れる。
牧田「くそ!」
   地面にある一粒のガム。
   牧田の目の前にある。
ひとみの声「コウちゃぁん!」

○トンネル
   ひとみの声が、響く。
   走る車が、トンネルに入って行く。

○同・車の中
   必死にハンドルを握る角田。
   ヘッドライトの中に、人影を見る。
   驚いて急ブレーキを踏む。
   ゆらゆらと歩いていた男性が、振り返ると顔面が血に染まったゾンビである。
角田「ひっ!」
   車の周りに、無数のゾンビが襲来してくる。
   角田、車をバックさせる。
   次々と車に轢かれていくゾンビ。
   車は、バックのままトンネルを戻って走っていく。

○山道
   歩く牧田。
牧田「ひとみ! ひとみ!」
   牧田の耳。
   お経が聞こえてくる。
   牧田、びくっとして見ると、そこに桐生の生首がある。
   桐生の生首は、お経を読んでいる。
   牧田、驚いて生首を凝視する。
   桐生の生首は、ふと、お経をやめ、話し出す。
桐生の生首「……かのトンネル事故の際、落武者の怨霊が目覚め、生と死をさまよう者を生み出しておる。お主、私をトンネルに連れていってほしい……行けるな」
牧田「馬鹿な……」
桐生の生首「……哀れ……私もまたその類ではあるが、私の願いを聞いて欲しい……頼む」
   桐生の生首が、目を開ける。
   牧田、恐る恐る、
牧田「……ひとみ、ひとみを助けてくれるのか?」
桐生の生首「……さぁ、のう……」
牧田「いいよ、俺が助けるから」
   牧田、行こうとする。
桐生の生首「わしをほって何処に行く!」
牧田「こいつ!」
   ×     ×     ×       ×
   桐生の生首を、気持ち悪そうに抱えて歩く牧田。

○『月と太陽』・111号室付近
   車が戻ってくる。
   角田、息を荒げて車を降り、111号室を見つめる。
   揺れるドアの影に、洋子が立っている。
角田「洋子!」
   洋子の首はグラグラに揺れている。
   角田、その様子に驚く。
   洋子の足元に現れる純。二人はゾンビ化している。
   角田、行こうとして止まる。
   洋子と純のゾンビは、角田を狙って歩いてくる。
   涙を流す角田。
角田「洋子……愛してる」
   
○トンネル入り口付近
   牧田、桐生の生首を気持ち悪そうに抱えて歩いてくる。
牧田「入るのか?」
桐生「もちろん。この奥に、怨霊の原因が眠っておる」
   牧田、恐る恐る歩いてトンネルに入っていく。
   両脇の花束。
   地面に転々とあるガム。
牧田、興奮して
牧田「ひとみだ! 生きてるぞ!」
   牧田、ガムをたどって走り出す。
   奥に、ひとみの歩く後ろ姿が見える。
牧田「ひとみ!」
   牧田の耳。
ひとみの声「コウちゃん!」
牧田「ひとみの声だ! 間違いない!」
   牧田、走るピッチを上げる。
   桐生、目を開いて牧田を睨む。
   トンネル中央付近の壁に、大きくえぐれた部分がある。
   走る牧田を、桐生の声が止める。
桐生「ここだ! ここで止まれ!」
牧田「どうして?! ひとみが呼んでいるだ!」
桐生「ここにおる・・・」
   牧田、えぐれた壁を見つめる。
桐生「ここで事故は起こった。車が正面衝突し、爆発した。その時、壁を破壊し、さらにその奥にあった怨霊を封印した墓石を壊したのだ」
   牧田、よく見る。
   えぐれた壁の下のほうに、空洞がありそこに、壊れた墓石がある。
   牧田が、地面にガムを発見する。
牧田「ひとみ……」
   牧田、しゃがんでガムを拾ったその時、突然、トンネルの壁から、無数のゾンビの手が出てくる。
   トンネルの壁が、ゾンビの出現で破壊される。
   ゾンビの動きは遅い。
桐生「南無三!」
   牧田、振り返ると、落武者のゾンビが刀を振り上げて待っている。
桐生「(お経を読み出す)」
   落武者、動きを一瞬止めるが、すぐに刀を振り下ろす。
   牧田、思わず桐生の生首を突き出す。
   桐生の生首が、落武者の刀によって二つになる。
桐生「(断末魔)おのれぇ・・・」
   牧田、驚いて、
牧田「すいません!!」
   牧田、落武者の脇を逃げる。
   トンネルを、全力疾走で走って逃げる牧田。
   牧田の耳。
ひとみの声「コウちゃぁん! コウちゃぁん!」
   牧田、歩き出す。
   牧田、止まる。
   牧田の背中。
牧田「ひとみ……生きてんだもんな……ごめん、俺助けに行くぞ」
   牧田、振り返ると落武者を先頭に、ゾンビが歩いてくる。
   牧田、表情が不安になる。
   車のブレーキ音と共に、牧田の目の前に黒いワンボックスが現れる。
   牧田、驚く。
   角田、運転席から牧田を見て、
角田「乗れ。一緒に行くぞ」
   牧田、うなづく。
   ゾンビの大群に向かって爆走する車。
牧田「ひとみ! 今行くかんなぁ!」
角田「うぉぉ!」
   落武者が、弓矢を放って来る。
   フロントガラスを突き破り、牧田と角田の間をすり抜ける矢。
角田「ガラスが割れる!」
牧田「まずいな」
   落武者の矢が、牧田の頬をかすめる。
牧田「やろぉ・・・」
角田「突っ込むぞ」
牧田「望むところだ。フルスピードでなぎ倒せ!」
   一番に落武者が吹っ飛び、車は次々とゾンビを吹っ飛ばしていく。
   壁に激突するゾンビ。
   タイヤに踏み潰されていくゾンビ。
   車は、一群をなぎ倒し、急ブレーキでUターンする。
牧田「武器は無いか?」
角田「ファミリーカーに武器は積まんぞ」
   落武者が起き上がる。
   牧田、後部座席を見て、
牧田「あるじゃん」
   角田、見る。
   牧田、落武者の放った矢を持って笑う。
牧田「でっかいバーベキューでもおっぱじめるか」
   再び向かってくるゾンビ軍団。
   牧田、角田、車を降りてガソリンタンクの近くに行き、
角田「どうする気だ?」
牧田「満タンか?」
角田「来る途中に入れたばっかりだ」
   牧田、ガソリンタンクを開けて、弓矢を突っ込み引き抜く。
   矢の半分以上に湿った跡が残っている。
牧田「よし」
   牧田、矢をタンクに入れて戻す。
牧田「爆発するかな? 燃えるだけかな?」
角田「爆発だろ」
   角田、真剣な表情で言う。
   牧田、ライターでタンクから出ている矢を燃やし始める。
牧田「おっさん、名前、まだ聞いてないじゃん」
角田「角田・・・公平だ」
牧田「偶然。俺、牧田耕平。似てんだね。よろしく」
   牧田、握手を求める。
   角田、握手する。
牧田「逃げなよ。角田さん」
角田「牧田さん、あんたは?」
牧田「ひとみを捜す。あの穴の中にいるんだ。さっきから、ひとみの声が聞こえるんだよ。うるさくって」
   牧田、笑って目線をそらす。
   トンネルのえぐれた穴の部分。
角田「一緒に行ってもいいんだぞ」
牧田「いいって。それより、早く町に戻って警察を呼んできてくれ」
角田「……わかった。気をつけて、牧田さん」
牧田「角田さんも」
   角田、ちょっと走って振り返り。
角田「お酒はいけるのか?」
牧田「ビールだけ」
   牧田、手を上げる。
   角田、笑って、
角田「それで、十分」
   牧田、笑う。
   角田、走っていく。
   迫りくるゾンビの大群。
   タンクに突き刺さった矢が燃えている。
   牧田、穴に向かって走る。
   落武者が刀を振り上げて歩いている。
   牧田、ポカンと出来た穴に、しゃがんで穴の中に入っていく。

○同・穴・中
   牧田、暗闇を進む。
   ガムを一粒見つける。
   牧田、ガムを手に取り、握り締める。
   奥から、「カシャ、カシャ」金属音が聞こえる。
   牧田、ひとみに言うように、
牧田「わかった、わかった。もうすぐ着くから」
   パッと、暗闇から明るい空洞になる。
   がらんとした空間。
   電気は無いのに、明るい。壁が光を放っている。
   蛍の大群だ。
   壁一面に、蛍がへばりついている。
   「カシャ、カシャ」と金属音がしている。
   牧田、ボーっとして、手からガムを落とす。
   牧田、フラフラと金属音のほうへ進む。
牧田「やっと見つけた・・・」
   牧田、笑う。
   両腕を切り落とされたひとみが、座ってアゴで刀を研いでいる。
   その顔は、青白く表情は無い。
   その隣に、甲冑を着た落武者が座っている。
   牧田の背後で爆発音がして、牧田の入ってきた穴が土で塞がる。
   牧田はそれに気付かず、
牧田「え? どうしたの? 帰りたくない? 本気で言ってるの? 弱ったなぁ……」
   牧田、頭をかく。
   落武者が、ひとみの前の刀を取って、立ち上がる。
   落武者が牧田に向かい、刀を振り上げて歩いてくる。
   笑顔の牧田。
牧田「もう、無理なんだね」
   暗闇になる。


                           完
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