文字数 613文字

 再び二人が顔を合わせたのはその日の夕方だった。
 会社の玄関でのことだ。出張販売の用具を乗せた台車を引いた青年と、外から帰ってきた山岡が鉢合わせたのだ。
 最初に気付いたのは青年だった。山岡が視線に入ると、彼の足は動かなくなった。ただ、下唇を噛んで山岡を見つめることしかできなくなった。それに山岡が気付く。軽く右手を挙げ、優しい笑顔を青年に向けた。青年の顔は色味を増した。山岡はそっと彼の襟元に視線を這わせた。そこに桃色の絆創膏を確認して、山岡はなぜか胸が落ち着くのを感じた。
「やぁ、お疲れさま。終わったのかい?」
 山岡の声に一度息を吐いて、青年が小さな声で答えた。
「はい」
「そうか。帰り道、気を付けて」
 山岡は固まったままの青年の右肩をぽんと叩いて、エレベーターを目指そうとした。そのとき、山岡はスーツのジャケットを捕まれるのを感じて振り返った。青年がジャケットの端を掴んでうつむいていた。山岡の目には彼の顔の色が飛び込んだ。
「……すみません。突然ごめんなさい。……このあとお時間いただけませんでしょうか。あの……言い訳……させてください。あなたがよければ……」
 山岡には青年が小刻みに震えているのが伝わっていた。
「いいよ。聞くよ。わたし、もう少ししたら上がれるから……そうだな、近所のファミレスでもいいかな? きみのところのカフェはアレだろ」
「……ありがとうございます……」
 そういうと青年は山岡のジャケットから手を離した。
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