第1話 満月の乱

文字数 1,773文字

「俺、しばらく休みてぇわ」
満月が隣人の小望月と十六夜にそう切り出したのは、ちょうど新月が始まった日の夜だった。
「は?何、急に」
「えぇ〜……」
もちろん両月は困惑し、不満の目を満月に向けるが、満月は臆することなく続ける。
「いや、だってさ、おかしいじゃん!新月なんて見えないことをいいことに絶対サボってるじゃん?何で俺だけいつも完璧な丸を求められなくちゃいけないわけ?俺だってたまには消えたり欠けたりしてぇのよ」
「おま……、タバコ吹かすのやめろ!」
「今日、曇りだからわかんねぇって」
満月がクレーターに隠していたタバコをスパスパと吹かすと十六夜が咳き込み、必死で煙を雲の方に流す。
「そ、そもそも、満月さんは“満月手当”出るから良いじゃないですか!僕なんて、ちょっと欠けてるだけでそんな手当くれないし……」
「それ言われると、俺なんか満月の前座だもんなぁ〜」
「あっ!ダメダメ!もう!」
小望月までタバコを吹かしそうになるのを、小石を投げてどうにか止める十六夜。小望月はチッと軽く舌打ちすると、タバコの代わりに溜めていた雨水を取り出してヤケ酒のように一気に飲み干す。
「え〜……ってか、そういう話になんない?隣の奴らとかと」
「そういう話って?」
「だから休みてぇなって話。小望月の隣、十三夜だろ?」
「あ〜……。あいつは休みたいどころか、メインになりたい月でしょ。栗とか豆とコラボグッズ出したり、異様に満月にライバル心持ってるもん」
「え?俺に?」
「おう。“俺は満月にも負けねぇ!完成された月より未完の月の方が美しい”が口癖だし」
「マジか!マウントだっせぇ〜!」
満月は笑いながら、まだ鼻を抑えてタバコの煙を流している十六夜に今度は話を振る。
「十六夜は?確か隣、立待月だったよな?」
「え?あ〜…、立待月さんですか。あの人は何かいつもソワソワしてて落ち着きないんで……。あんまり話したことないですね」
「あ〜……、まぁ確かに。日が暮れたら何かもう出てるもんな、あいつ」
「立待月さんの隣の、居待月さん、寝待月さん、更待月さんのトリオは凄いまったりしてて仲良さげですけどね」
「へぇ〜」
クレーターに置いていた月の周期表を引っ張り出してきて、話を聞く満月。
「いや、月メンバー覚えてないんですか?」
「そんなん両隣としか接点無いのに、印象薄いのまで覚えられんわ」
「……はぁ」
十六夜が溜め息をつくと、その風で少し雲がユラユラと流れていく。
「仲良いと言えば、上弦と下弦の月も仲良いよな」
「え?そうなの?でもあいつら場所的に離れてない?」
「あぁ〜、それは何か“半分の会”とかいうオフ会で会ったみたいです」
「何それ!ウケる!確かにこいつら超半分じゃん!」
「……お前な、ゲラゲラ笑ってるけど、お前だって超真ん丸だからな」
「ヒヒヒヒヒ!確かに!」
一通り笑い終えて息を整えると、満月はまた問いかける。
「え、じゃあさ、逆に仲悪いのとかいるの?」
「お前と十三夜じゃねえの?」
「いや、俺のことは置いといて!」
バシッと満月が小望月にツッコミを入れる。
「で、どうなの?十六夜」
「あ〜……、仲が悪いかは分かりませんけど、二日月さんの隣の三日月さんは結構気難しくて大変だそうです」
「あ〜、あいつか。結構有名な奴だよな」
「何が気難しいわけ?」
「何か凄い海外マウント取ってくるらしいです。自分のこと三日月じゃなくてクレッセントとかクロワッサンとか呼ぶし、フランスとかトルコとかの友達がいっぱいいるって自慢するんですって」
「プライド高そう〜!」
軽く引きながら、サスサスと小望月が自分のクレーターを擦る。
「そんな奴の隣にいるから、二日月の奴あんな繊細で痩せこけちまうんだよ」
「二日月は元からまぁまぁ繊細だろ」
「お前らは俺の隣で良かったよな〜!感謝しろよ〜」
「……満月さんも大概でしょ」
満月は聞こえてないかのように一人で満足そうに言い切ると、周期表をクレーターにしまい込んで立ち上がる。
「……おい、何してんだ」
「何って、今度の満月で俺出たら、次に出番来るの大体29.5日後じゃん。だからプチ旅行でも行こうと思って」
「……諦めてなかったんですか」
「当たり前じゃん!俺、満月だもん!ちょっとヤーヤー言われたくらいじゃ欠けないぜ」

そう言うと、満月は本当に今月の出番を終えた後、いそいそと荷物をまとめて出かけていってしまったのだった。
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