第1話

文字数 500文字

 笑え、が父の口癖であった。
「勝四郎よ、笑え。辛い時こそ、にっかりとな。それで腹が膨れぬが、足は前に出るようになる。下は向くな、向けば負けぞ」
 そう言って、にっかりと。

 故郷の大沼藩は寒いところで、いつも腹を空かせていた。
 父は苦労ばかりを背負い込む人だった。自分は食べず妻子に回し、いつも笑っていた。決して下を向かなかった。
 そんな父も殺された時は、流石に下を向いていた。
 腹を刺されて、足から崩れ落ちて、うなだれて、その体勢のまま左側に、すとんと。
 食うものも食わず痩せた父の体は音を立てて倒れる重さも失っていた。

 仇は逃げなかった。
 父の同僚。
 凶作続きでお互いろくに食べておらず、敵討ちの場には白装束よりもなお青白い幽鬼二人。
 訊いた。
「骨皮様、父を何故殺したのですか?」
 応えがあった。
「あの顔が厭だった。もう駄目だと思っても、奴が笑えば、俺達はこの地獄のような俗世を一歩前に歩かねばならぬ。奴さえいなければ……さあ、勝四郎殿。仇を討ってくれ。楽にしてくれ」

 その答えを聞いて、どっと疲れた。歩みを止めて下を向きたかった。
 けれど、けれど私はあの人の子だから。
 にっかりと嗤い、抜き討った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み