第1話

文字数 1,447文字

居酒屋で隣り合わせになった外国の若者と話していたら、私の年齢とシングルであることを知った彼が驚いて、「どうして結婚していないのか」と聞いてきた。答えがあるなら私が知りたい。だが若者は本当に不思議に思っているようで、嫌味はなく、むしろ好意的な問い方だった。でも、あまりにもストレートだったので残念ながら咄嗟にうまい返しもできず、ハハハ、カンパーイ!と笑ってごまかした。飲んでいたのは酒だがお茶を濁したというわけである。そうしながら質問の答えを考えていたら、あるフレーズが頭をよぎった。

ノーマンステイズ。

だいぶ昔の話になるが、太陽の光がサンサンと降り注ぐサンタモニカの路上で占ってもらったことがある。5ドルを払って手相をみせたところ、占い師は「あなた、男運が悪いわね」と言う。そんなこと、金を払って人に言われるまでもないが、いざ指摘されるとそれはそれでへこむ。じゃあどうしたらいいのさと尋ねると、手相には運が悪いとしか書いていないので、対処法を知りたいなら5ドルでタロットカードで見てあげるという。ちぇっ、そういうことかと苦々しく思いながらも、海外まで来てこのままでは後味が悪いと、さらに5ドルを払って今度はタロットカードで占ってもらった。まったくいいカモである。

使い込んだタロットカードを切って山を作り、そこから引いたカードをなにやら複雑な形に並べ終えた占い師は、カードをめくると、渋い顔をして「ノー……」と首を振り、続けて言った。

"No man stays……"

ノーマンステイズ!? 「男は皆去っていき、誰も残らない」ということ!? そのきっと単館でしか上映されないであろう地味な外国映画のタイトルのような響きは、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』を彷彿とさせた。ミステリー? 戦慄が走る。いや、これはホラーだ。

ノーマンステイズ。その言葉は私の胸に矢のように突き刺さった。そういえば、私が若かりし頃、チョベリバに代表されるギャル語が流行った。そのなかに(矢が突き刺さったカモのように)傷ついたことを意味する「超ヤガモ」というフレーズがあったが、まさにそんな心境、私の心は超ヤガモである。

そもそも対策を教えてくれるはずだったじゃないか。矢で撃たれながらも「だから、どうしたらいいのよ」とヤガモがキレ気味に詰め寄ると、占い師は山からもう一枚カードを引き、それをめくると、大きなため息をついた。そして、憐れむような目で告げた。
"Pray to God."

「神に祈れ」ですと!? 神にすがるしか私に道は残されていないらしかった。第二の矢が突き刺さり、ヤガモは瀕死である。

ひどいショックを受けたとき、人は突きつけられた現実を否定しようとするものだ。私は二本の矢を力ずくで抜き取り、投げ捨てた。しょせんは占いに過ぎないのだから当たるとは限らないと自分に言い聞かせ、てやんでい、てやんでいと気持ちを奮い立たせてその場をあとにし、そこで占ってもらったことは記憶の片隅に葬った。

しかし今、その時の記憶とともに「ノーマンステイズ」のフレーズがよみがえり、ふうむ、あの占いは当たっていたのかもしれない、という気になった。ならば、私が取るべき行動は神頼みというわけだ。とりあえず神様にお願いしてみるか。

と思いながら帰宅し、田舎の母が神社から受けて毎年送ってくれる御札をよくよく見たら、昨年までは「良縁祈願」だったはずなのに、今年から「厄除け」に変わっていた。ぴえん。




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