必然の出会い

文字数 2,000文字

光と風が降る中、カメラのファインダーを覗いて静かにシャッターを切る。
自分自身の目で、見えていない物が写っていないかといつも期待してしまう。
趣味の域を出るようなこともないし、いい写真が撮れるわけでもないのだけれど。
やはり不満を感じているのは、カメラの高さのアングルが変えられないことで見栄えのしない写真になっているのだと思っている。
基本110センチ高のアングルしか撮れない。そう、それはボクが車椅子に座っている目線の高さなのだ。
人間も動物も、上から見下ろされるのは好ましくないと感じる時もあるだろう。
いつも人と喋るときに、見上げている感じになるので、同じ目線の高さになるように姿勢を調整してくれる人にはやはり好感が持てる。
動物の中でもふれ合う機会の多い猫や犬たちも、仲良くなろうと思うと目線の高さを合わせるのがいいと聞いたことがある。
大型犬だと、何にもしなくてもちょうどいい感じに目の高さが合うので、向こうも割と安心して写真を撮らせてくれたりする。
しかし、猫はそうはいかない。野良猫ならなおさらだ。
散歩の途中で見つけて、遠くからそっとじわじわと近づいても、タイヤの砂を噛む音とか電動モーターの音に気がついて耳がこちらを向き、そして首をくるっと回して視線が合ってしまう。
その時の猫の顔ときたら、見たこともない異質なものに警戒心を丸出しにして身構えている。
それでもめげずにじわじわ近づいていくと、限界点を越えたゴムのようにはじけ飛んで逃げてしまう。
そうなることはわかっているのに、やはりどこか寂しさを感じてしまう。

お天気の良いある日の午後、いつものようにカメラと一緒に散歩に出た。
近所の公園の前を通りかかると、寄せ木細工のような木漏れ日が古びたベンチを飾り立てていた。
思わずカメラを構えて、ズームレンズのリングをテレ側に回す。すると思いがけないことにファインダーの中には、ベンチにお行儀良く座る三毛猫に緑のピント枠がはまっていた。
連写モードの電子シャッターが、音もなく風に揺れる木漏れ日の風景を切り取っていく。
公園には人影はない。電動車椅子のレバーをゆっくりとベンチの方向に傾ける。ゆっくり、そうゆっくりと進んでゆく。
三毛猫はもうすでにこちらに気がついていて、それでも少し眠そうに目を細めて小さくあくびをした。5メートルくらいまで近づいて、もう一度カメラを構えて目一杯のズームを効かせて三毛猫を捉える。
光が当たっている毛並みは、キラキラと輝いて美しい。
「ホワイト、ミルク、ビター。キミはまるでチョコレートだね」
思わず出た言葉で、チョコレート色のキミの耳が小さく動いた。
それでも逃げる様子もないので、また静かに近づいてゆく。もういつもの限界点はとっくに越えている。
いつ逃げられてもおかしくないと思っていると、とうとうベンチまでたどり着いてしまった。
手を少し伸ばせば届きそうなキミは、頭を少し下げると四本足で立ち上がり、音もなくピョンと跳ねてボクの膝の上に着地した。
キミは、虹色に光る瞳をこちらに向けて「ミャー」と一言挨拶して膝の上に寝そべった。
どこかの飼い猫だろうか、人になれている様子なので少し頭をなでてみる。
キミは逃げるどころか目を細めてボクの手のひらにすり寄ってきた。
本当に眠りに落ちてしまったのじゃないかと思うほど大人しく、足に伝わるキミの鼓動だけが時を刻んでいた。
手触りのいいキミの体から伝わる心地よい温もりが、ボクの心の冷たい部分に染みこんで行くようだった。
日の光は傾きを増しオレンジ色に世界を染めかけている。キミの背中を撫でていた手を止めてボクは声をかけた。
「もうお別れしないとね」と告げて、お腹に手を入れてキミを膝から下ろそうとした。
キミは大きく目を見開き、足に力を入れてボクのジーンズに爪をかけた。
何回か試してみたが状況は変わらずあきらめて「じゃあ、うちにお泊まりするか?」と言うとキミは足の爪を引っ込めて膝の上に突っ伏した。
電動車椅子の揺れに、ボクとキミが同期するのを眺めながら家路につく。
部屋に入るとキミは辺りを見回し、窓辺に置かれた椅子のクッションを早々と自分の居場所に決めた。
友達の猫の来客用に買っておいた猫用缶詰とお水をキミにあげて、ボクも食欲旺盛なキミにつられて夕食を食べてベッドに入った。
想像していたとおり、キミは当然の権利だと言わんばかりにボクのベッドの枕元に来て共に眠りについた。
次の朝、ボクの頬をペチペチと叩いて「ミャーミャー」という声で起こされた。
「キミはそうやって、毎日ボクを起こすつもりなの」と朝の挨拶をすると、キミは満足したように朝日が当たる窓辺の自分の居場所に歩いて行った。

その日、写真の整理をしていると、最初に撮ったキミの写真に目を奪われた。
そこには、斜光によって映り込んだ数個の赤い光の輪のゴーストがあった。
まるで、ボクとキミを繋ぐ赤い糸だったかのように。
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