幸せのいちごメロンパン

文字数 1,993文字

いらっしゃいませ。当店のおすすめは幸せのいちごメロンパンです。え?何ですって?「食べた人は美味しすぎて幸せ~!ってなるから、幸せって名前に入ってるの?」って聞きました?いいえ!そうではありません!説明?せっかくなので、お食べになってください。その間にお話ししましょう。

「いちごメロンパンには、いちごが入ってないんだよ!?そんなの有り!?」
「メロンパンにメロンが入ってないのと一緒だろ。」
幸の甲高い声が響く。
(これは相当怒ってるな。)
「だから私はちゃんといちごが入った、いちごメロンパンを作るの!」
「俺の話聞いてたか!?」
高校生のカップルが並んで歩いていた。
「それでね!龍!手伝ってほしいの!」
「何を手伝うんだ?」
(嫌な予感がするぞ。幸の手伝ってっていつも無茶なことばっかりだしな。)
「私のパン作り!!本物のいちごメロンパンを作るの!!」
(そんなことだろうな。)
龍ははぁと小さくため息をついた。
「幸は何でいちごメロンパンにこだわるんだ?」
幸の考え込んだ表情は真剣だった。
「えっと……。メロンパンのザクザクと、いちごの粒々がいい感じにマッチしてるのがめっちゃ好きなんだよね。」
幸は、いちごメロンパンの尊さを話し始めた。でもこれが、すぐに終わるなんてことはない。
(火がついちまったな。なかなか止まらないだろう。)
龍は苦笑しつつも、楽しそうに幸の話を聞く。しばらくして、幸は思いっきり話した!というような顔をして、きらきらした笑顔を見せた。
「それで!一緒にやってくれる?作ったのを一緒に食べてほしいの!」
「仕方ないな。いいよ。」
「わーい!」
幸は道の真ん中で思いっきり飛び上がった。
(可愛いな。)
「あ!今可愛いなって思ったでしょ?」
「は?思ってねーし!」
にやにやが止まらない幸を、龍は睨む。でも、口元に浮かぶ笑顔を隠すことはできなかった。
「笑ってる?笑ってる!!図星でしょ!?」
幸が背伸びをして、龍のほっぺたをつつく。顔がぐっと近くなったのに、幸は何も気にしないようだ。
(もう我慢すんの無理。)
龍は幸の唇にキスを落とした。

「あのさ。」
いつものような帰り道。龍が切り出した。
「ん?なあに?」
「お前、俺に言うことあるよな。」
「え?」
幸の声が裏返る。
「分かりやすすぎるんだよ。」
龍の言葉の語気は強く、いつも幸を見つめる優しく柔らかい瞳ではない。幸はそっと顔を強張らせた。
「……進路のこと?」
「どうして俺に相談してくれなかった?」
学校で先生が尋ねてきたのだ。幸の進路調査に「大学には行かず、近くのパン屋さんに弟子入りする。」と書いてあったから、心配だと。
「ごめん……。でも、龍に迷惑かけられないと思ったから……。」
「迷惑?話してくれよ!そんなに俺は頼りないか?」
いつもの優しい態度からは考えられないぐらい、龍の言葉は強い。そのぐらい、幸を愛し信頼していたのだ。それなのに、幸が一言も相談してくれなかったのが悔しくて寂しかった。言葉には出さずとも、龍の表情は辛そうなものだった。
「ご、ごめ……。」
「そんな大切なことも俺に相談できないなら、俺と別れてくれ。」
幸の目が大きく見開かれた。龍の目には曇りがない。
「な、え?」
「考えといて。じゃあな。」
いつも帰り際にあるキスも、今日はない。何度も言うが龍は幸を愛していた。でも、今回のことを話してくれなかったのに、ひどく怒っていたのだ。釘を刺すためにわざと冷たい言葉を投げ掛けた。もちろん、明日の朝も迎えに来るし、明日しっかり謝ってくれれば、全部許すつもりだった。いわば軽い考えだった。

その後すぐに、幸は交通事故にあった。龍はもう幸の笑顔を見ることも、抱き締めることも、キスすることもできなかった。

大学に行かないことは、両親にさえ言っていない。進路調査の紙の保護者の印鑑の欄も、こっそり幸自信が押したのだ。付属の高校なので、親はそんなに大学のことを気にしていない。だから何とか誤魔化すことができた。幸の弟子入りするパン屋には、毎日のように通い詰め、その度に「弟子入りさせてください!」と言っていた。そこには美味しすぎるいちごメロンパンがあるのだ。そしてある日、店長から課題が課せられる。「このいちごメロンパンを自分で作ってくること。」必死になって作っていたのはその為だ。そして、いちごメロンパンが完成したら、誰よりもまず龍に食べて欲しかった。大好きだったから。
(なのに、なのに振られちゃった。あー。こんなことなら殺してよ。神様。)
幸は走り出した。溢れ出る涙を周りの人に見られたくなかったから。でも、走ったのが悪かったかもしれない。幸の人生はここで終わった。

美味しかったですか?その龍という人が、幸のメモを見つけたんですよ。美味しいいちごメロンパンのレシピが書いたメモ。それを元に作られた商品なんですよ。幸が作った幸せのいちごメロンパン。名前の意味、分かったでしょう?
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