第1話

文字数 1,145文字

置いてけ……


置いてけ……

へ?
んー?

置いてって?


おいてって、ほしいなあ!

……な、何を?
え~?

魚だよ、魚!

だってここ、置行堀だよ? 釣り人のニンゲンは魚を置いていくのが決まりなの!

おいてけぼり???

あー! あの落語とか昔話の!


……えっ? ここ置いてけ堀? 掘なの? あー、えっ???

やだも~、このヒト~


何しにここに来たの?

えっ、な、何しに来たんだろ?

すみません……

やれやれ、物分かりが悪いのは相変わらずのようだな。
先生~! 先生、お待ちしてました!

あっ、ということは、これは、夢???


先生、今日はまた白猫なんですね。見目麗しいです~!

こら、軽率に触ろうとするのではない。齧ってやっても良いのだぞ。


……折角ここでお会いできたというのに、申し訳ないことだな、カワウソの。

このニンゲンはどちらかと言えば善良で、害悪になるようなものでもないのだが、少々頭の廻りが……な。

(ちくちくとディスられてる気がする……)
なんだー、猫ちゃんの知り合いかぁー。

久しぶりに釣り人が来たのかと思ったのになあ。

すまんな、カワウソの。

だが、あの池にはもう……

うん、わかってる。

魚なんか、もういないよ。

龍神様だって、姫様だって、とっくにいらっしゃらないんだもん。


……カワウソ、も。

……。
……あっ!



何だ突然に。君は本当に……
私、この池、知ってます!

あっ、そうか、確かに『置行堀』の伝承がありましたよ! 学生の頃、調べたんです!


この池で魚を捕ると、「置いてけ、置いてけ」って声がするんですよね。で、全部返すまで追っかけられたり……。

あれ、カワウソだったんだ!

……カワウソ、知ってるの?
あっ……。あの、ごめんなさい、二ホンカワウソは……。

知ってるって言っても、お話の中だけで、本物は、博物館の標本くらいしか見たことなくて……。

そっか。そうだよね。


でも、知ってるんだね。この池のことも。

うん。
じゃあね、じゃあ、

憶えておいて、ほしいなあ。


今あなたが、知っているだけの範囲で、構わないから。

ね、憶えて、おいてね。

……うん。
さて。では帰るか。
(暗転)
先生ぇ~……。
こら、縋り付こうとするのではない。君は時折、気色が悪い振舞いをするな……。

何を泣いているのだ。

だって、だってあの子……。これからもあの場所に、一人ぼっちなんですか?


置いてけ堀って、「おいてけぼり」の語源、なんですよね。

置いてけ堀においてけぼり。そんなの洒落にもなりませんよ~。

その洒落、まさか口に出すとは思わなかったが……。


そう思うのならば、君があの子の願いを叶えてやればいい。

憶えておくだけでは足りないと思うのならば、語り継ぐことだ。

……そうですね。

そうですよね。


ヨシ! 頑張る!



頑張る?
あ、私こう見えて、物書きなんです。イラストも描けますよ!
ふむ。世も末だな。
(ひどい)
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登場人物紹介

かわうそ


二ホンカワウソ。今は妖怪として細々と暮らしている。

猫(先生)


猫の先生。私の夢によく出てくる。博学で辛辣。


猫先生に連れられて、夢の中でいろんなものを見に行く人。いつか猫先生をもふもふしたい。

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