第6話 ゆ・う・わ・く日和

文字数 676文字

「フミ、彼はいつからどんな症状が出始めたのですか?」

 ドクターアンリが聞く。偶然にも遊園地の医務室でアルバイトをしていたのだ。

「十分ほど前から、口の中と喉が熱いと言い出したんです。汗がふき出て、顔も赤いし。熱中症でしょうか?」

「その可能性はあるよね。今日はいい天気。ゆうわく日和ね」

「ゆうわく日和? ふふっ。それは行楽日和の間違いじゃないですか?」

 診療用のベッドに横たわる僕の上で交わされる、楽しそうな会話。

「Oh、間違えました。ゆうわく、意味、なんですか?」
「ええっと。異性を誘うこと、ですかねえ……」

 真面目なふみちゃんは首を傾げて、考えながら言う。

「フミ、じゃあ今度僕にゆうわくさせてください。またランチ行きたいです」

――くっ! 流れでさりげなく誘ったな!

 ブランケットのはじを噛みしめる。
 ドクターアンリは最初から誘惑の意味を知っていたに決まっている。

「ふみとカレ、二人は同じものを食べた?」

「はい。ほとんど。一つのお弁当箱の中のものを、それぞれ箸で摘んで」

「それなら食中毒ではないかな。点滴しておくね。時間がかかるから、お茶でもどう?」

 行かないでふみちゃん! 必死に目で訴えた。

「いいえ。側についていてあげたいので」

――ふみちゃん、きみは天使だ

「じゃあ輸液が終わったら、声をかけてね」
 
 ドクターアンリがカーテンの向こう側に去って行くと、ほっとして睡魔が襲ってきた。

――それにしても、ふみちゃんにはなぜトリカブトの毒が効かなかったのだろう? 草餅をまるまる一個食べたのに……
 
 眠りに落ちる瞬間に、疑問がしゃぼんのように浮かんで、消えた。
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