第1話

文字数 1,491文字

わからないことばかり。
世の中には、わからないことばかりある。自分はそれをわかったつもりにして、どうにかやり過ごしている。

未知の対象。
初めて見る人、例えばコンビニの店員さんの顔を見て「あっ、この人は料理研究家のコウケンテツさんに似てるな。……ってかコウケンテツさんはRIP SLIMEのILMARIさんに似てる気がしてたんだよね」そう思ったとして、それはコンビニの店員さん・コウケンテツさん・ILMARIさんについて何一つわかったことにはならない。

分類(整理)しているにすぎない。
未知のものを未知のまま放置するのは不安だから。「コロナ」とか「COVID-19」という名称がなければ、新型ウイルスに対する恐怖は凄まじいものになっているだろう。
(〇〇系って言葉を最初に言った人は誰だろう?)

頭の中、脳内には沢山のフォルダがあって――これも、脳に関することがわからないから、PCのフォルダが並んだ絵を浮かべることでわかったつもりにしている――わからないものフォルダの増大に比例して、不安感も増してしまうのかもしれない。


自分が得た情報だけで判断する、してしまうことには、もう少し慎重になるべきなのかもとも思う。

若者による猟奇的な犯罪が起きると「残虐描写を含むゲームやアニメの影響」と言う人はさすがに今では少なくなった気がするけれど、これもまた常識や理解の範疇を越えた行動を自分が知っている(ゲームやアニメという)もののせいにすることで、わかったつもりになるパターンの一つなのかも。

AさんはXX駅近辺に住んでいます。
私は昨日、XX駅の近くでAさんと同じ髪型で似た服装の人を見かけました。翌日、私はAさんに「昨日、XX駅の近くにいたでしょ?」と言いましたが、Aさんの返事は「昨日は一日中ウチにいて、外にはでなかったよ」とのことでした。
XX駅周辺を行き交う人は数百・数千人といるのに、自分の知っているAさんが住んでいる場所という情報だけを当てはめてしまい、事実と異なる認識をしてしまう――そんなこともあり得る。


くるりの新しいアルバム「天才の愛」のジャケットは坂口恭平さんのパステル画。坂口恭平さんはとても多才な方で、建築やアート、小説、音楽などなど様々なことをしている人だが、アーティストと一言でくくってしまえるような方では決してない。赤瀬川原平みたいな人――かつてそう勝手に当てはめてみたのは、自分がわからないのを誤魔化すためだろう。

くるりもまた、どんなバンドと一言では言えない。アルバムごとにジャンルを飄々と変えてしまう、とても不思議なバンド。以前、アルバム発売後のライブを見に行ったのに、そのアルバム曲はほとんど演奏されず、他のアルバムの曲ばかり聴いた経験がある(そのライブはとても良かった)。


最近はじめて、猫の肉球に触った。プニプニで柔らかいとは聞いていたが、肉球の感触は肉球に触らなければ得られない。

未知の対象と出会ったとき、それが他の何に似ているとか分類する前に、とにかく五感を駆使してみるのが大切なのかもしれない。あと、自分にはわからないことが沢山あるから、わからないものをわからないままフォルダに入れておくこと。そのフォルダは何だかわからないものが入ったフォルダだってことをわかったつもりになるのも良いかもしれない。

でも一方で、わかったつもりのことを確認・共有できる喜びも忘れないでいたい。コロナという名称があるからこそ情報を得られるし、坂口恭平さんのあの本って面白いよねとか、くるりの新しいアルバムいいよねとか語り合えたとき――猫の肉球に触れた後みたいに――嬉しくなるから。
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