屋台に生活指導の渡辺先生がいた話

文字数 1,270文字

夏も真っ盛りになると僕の地元でも神社でお祭りが開かれる。
そして、たくさんの屋台が並ぶ賑わいの中を歩いていると決まってあることを思い出す。

小学生の頃も、今と同じようにお祭りが開かれていた。
イカ焼きにチョコバナナ、金魚すくいなどが軒を並べる中にその屋台はあった。
射的だ。
射的とは銃を景品に向けて撃ち、発射されたコルクの弾が景品を倒したらその景品を貰えるというごくシンプルな屋台だった。
そこに生活指導の渡辺先生がいたのだ。

最初は学区内のお祭りに見廻りで来ているのかなと思ったが、どうやら様子が違っていた。
渡辺先生は棚の上に置かれたままじっとしていたからだ。
棚の左から犬のぬいぐるみ、プラモデル、グリコ、渡辺先生、グリコという順に並べられていたのだが、周りを見るわけでもなくただまっすぐ前を見て、微動だにしていなかった。



しばらくすると、僕と同い年くらいの男子が射的に挑戦することになった。
よく見ると同じクラスの武内くんだった。
僕は少し不安になった。
もしかして渡辺先生に当たって落ちたらどうなってしまうのだろうか。
まさか武内くんが連れて帰るんじゃあるまいか。
武内くんが銃を構えて引き金を引くと勢いよくコルクが飛び出した。
それは渡辺先生のおでこに《ぽこんっ》と当たった。


「あっ」


つい声が出た。
ただ、見事に命中した事にはしたのだが、コルクは先生に負け跳ね返された。
もう一度引き金を引く。
またしても先生のおでこに《ぽこんっ》と当たる。
今度は先生の足元がぐらりと揺れる。
けれど倒れない。
一般的に景品の背後には小さな背もたれがあるところ、先生の背後にはそれすらなかったのにだ。
当然といえば当然だった。
渡辺先生の担当科目は体育だからだ。
やっぱり日頃から鍛えられた足腰は伊達じゃないのだ。
気づくと、僕は途中から先生の方を応援していた。
いつも生徒と一緒にバカやっている先生が格好よくみえたのだ。


「がんばれ、渡辺先生!」


先生に聞こえるくらい大きな声を出した。
それでも先生はじっと前を見ていた。

その後は弾が当たっても持ち前の粘り腰で倒れないというのが続いていた。
執拗に狙い続ける武内くんのせいで、先生のおでこはコルクの形に真っ赤になっていた。
そして武内くんが最後の弾を撃ったとき、不幸にもコルクは先生の股間に命中した。
さすがの先生も悶絶し、ひっくり返って棚の後ろへ消えた。


「ボク~、そこに当てちゃダメだよ、今のは無し。」


武内くんが喜んだのも束の間、屋台のおじさんはそう言って、渡辺先生を掴んで棚に戻した。
先生はまた何事もなかったかのように前をじっと見ていた。






夏休みが終わり新学期が始まったとき、いつもと変わらない渡辺先生がいた。
しいて違うところといえば、おでこに絆創膏が貼られていたことだろうか。
あの夜、屋台の明かりに照らされて立っていた渡辺先生。
あの絆創膏の下を知っているのは僕と武内くんだけなのだろう。



その後、武内くんに祭りの夜のことを聞いたが、「何のこと?」と言われそれっきり聞き返せなかった。
ただ武内くんの体育の成績がE判定だったことと何か関係があるに違いない。
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