第1話

文字数 1,988文字

高校生でもできる簡単なオシゴト。時給900円。
そう言われて飛びついた仕事は、「宴会ウエイトレス」という仕事だった。
宴会ウエイトレスってなんだ? それって、コンパニオンとかいうヤツ?
そう思ったけど、違った。

「今から、ドアを開けるよ。タイミングを合わせるからね。せーの、で開けるよ」
目の前で、先輩ウエイトレスのカミヤマだかカミヌマだかっていう人がそう言った。ぼーっとしていた私は、「せーのっ」という声で、慌ててドアを開ける。
パンパカパーン、パンパーカパーン!
おなじみの音楽。ライトが顔に当たる。
「うわー、バカッ! ドアを開けたら、さっさとひっこむんだよ!ジャマだよ!」
無理やり後ろに引っ張られた私は、きらびやかな雰囲気に一瞬だけ、圧倒された。
そう、宴会ウエイトレスって言うのは、結婚式場のウエイトレスの仕事だったんだ。

私はカミヤマだかカミヌマだかっていう先輩に、こっぴどくしかられた。花婿、花嫁入場の時に、ボケッとドアのところに突っ立っていたからだ。
だけど本当に忙しいのは、新郎新婦が入場して、結婚式が始まってからだ。
私はこの名前も知らない先輩に引っ張って連れていかれ、説明を受ける。
「あんたは葵と、橘の二卓の担当だよ。ビールがなくなったら、すぐに瓶を補充。それから、料理は順番にお出しする。わかった?」
うなずいていると「返事はハイだよ!わかった?」となんとかセンパイが言う。
「うハイ」
「ハイ、だってば! まともに返事もできないのかよっ」
私はセンパイの名札に「上沼」と書いてあるのを見て、上沼さん、と心の中で復唱する。めっちゃ怖い。オニ。もう、バイトやめたい。

こないだ、大学生のバイトの女の子が着替えの時、上沼さんが三十代のフリーターだって話しているのを聞いた。「上沼さんってさ、あの年でこのバイトってやばいよね」「すげぇ浮いてる」「新人イビるのシュミらしいよ。マジひくわ」とか言われていた。
私は今回でこのバイトは二回目だけど、前回失敗しまくったせいで完全に、新人イビリ相手に確定してしまったらしい。今日終わったら、もうバイトやめよう。そうしよう。
「次、茶わん蒸しをお出しするよ。ちゃんと数えて。ほら、早く」
料理を出す間にも、とにかく上沼さんがいちいちチェックを入れてくる。
「茶碗蒸しは、お客様の左手側だよ! 全部右手側に置いてるから、置きなおしてきて!」
しかもいちいち細かい。どうせ料理なんて、みんな勝手に、自分の好きなところに置いて食べるだろうに。
場が温まり、みんなが食事に手を付け始めてからは、式場のバックヤードは修羅場と化す。
次から次へと料理をださないといけないし、みんなは自分の卓(テーブル)の面倒を見るだけで手いっぱいだ。
ところがそのとき、上沼さんが言ってきた。
「深山さんの卓のお客様が、焼酎のお湯割り希望よ。梅干し入れたヤツ」
確かに私の卓の客だけど、おまえが受けた仕事はおまえがいってこいよー!梅干しなんてどこにあるかわかんねーよ!
…って思うけど、イビられ新人の私は何も言えない。
「あの、すいません、梅干しってどこにあるんですか」仕方がないので近くにいたウエイターさんに尋ね歩くけど、「しらね。パントリーいって聞いてこい」と雑な対応。
すると上沼さんが「梅干しのお湯割りの作り方がわからないなら、ちゃんと私に聞いて!」となぜか逆ギレ。
自分で行ってくれるのかと思いきや、パントリーに私と一緒に行くと「これ、お湯入れて!」といってグラスにお湯を入れさせ、「梅干しはココ。はい、入れて!」「焼酎はこれをこの辺まで入れる。はい、入れて!」と次々に命令して、私に梅干しの焼酎割を作らせる。
これって上沼さんが自分でやったほうが早いじゃん…何この、無意味なイジメ…。と思うけど、下っ端なので、ぐっとこらえる。
「新婦お色直し入るぞ。誰か、ドア閉め係やってくれないか?」
「深山さん、高木さんといってきて!」
すぐに私を振り向く上沼さん。全く人使いが荒い。もうイヤ~ッ。

ようやく宴会も終わり、「はぁ…」とため息をつきながら灰皿を洗っていると、上沼さんがツカツカとやってきた。また面倒ごとを押し付けられるぞ…と思っていると、「灰皿洗い、代わるよ」と言ってきた。
「え、でも…この仕事、煙草くさいっすよ」
「でもあなた、高校生だから煙草吸わないじゃない。煙草吸わない人に、この仕事は大変だから」
そういって上沼さんは、私からさっと、灰皿洗い用のブラシをとった。
「…今日も、うるさくいってごめんね。早く仕事に慣れてもらいたくて、つい…さ」
黙々と灰皿を洗いながら、ボソりとつぶやく、上沼さん。
なんだ、この人。本当はけっこう、イイ人じゃん。
単純な私は「バイト、もうちょっと続けてみよう」と、すぐ思っちゃった。
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