文字数 1,342文字

私はある男の人の一生について書いてみようと思う。

 その人は、18歳で高校を卒業し、22歳で大学を卒業、その年にある商社に入社をする。という具合の平々凡々な人生を歩んできた。
まず私はこの男の人のことを書くにあたって、なんの間柄でもなく友人でも、ましてや恋人などでもない。ただの知人、あるいは隣人なのかもしれない。

 冒頭でもある通り、彼はその辺にある平々凡々な人生を歩んできたかもしれない。彼は、22歳で大学を卒業後、その後商社にと入社をするのだがそこである女性に一目ぼれをするのである。
彼はゆっくりと手間をかけ26歳でその女性と結婚をし、31歳で娘を授かるのだが、そこからが彼の大変な人生だった。

 結婚後は、よくある幸せな時間をすごし娘を授かるとき一台の車を買った。
特段に高級車。というわけでもなくこれまた平々凡々な車だった。
彼の休日の楽しみは、幼い娘と、妻と大通りにある少し大きい店に買い物に行くことだった。
妻と、まだちゃんと話せない娘と行く買い物が特段に好きだった。
もちろん、時には喧嘩も言い合いもしたがそれでも彼は妻のことを愛していたし妻も愛していたように思う。

 ある日、彼が33歳になろうとしていたころ妻が他界した。
それは突然のことだった。
彼は、家の一切を妻に任せていた。なにより、年端もいかない娘を育てる自信もなかった。
そんな時である。妻が他界した。
それは彼が大切に思っていた時間の全てを奪うことだった。
彼は悲しみに打ちひしがれながら。いやそんな言葉で表せれないほどの苦渋に満ちていた。
ただ、一つわかっていることは、自分が仕事となにより娘を育てないといけない。ということである。

 それから彼は、今まで以上に仕事に向き合い、娘に向き合い自分の時間を全て費やした。妻との楽しかった思い出の、車で大通りに行き買い物をする。ということでさえ忘れていた。

 娘が、26歳になり結婚をする。
その時ようやく肩の荷が下りた感じがした。

ここに来るまで、引っ越しもせず、ましてや娘ができた時に買った車を買い替えもせずそのままにしていたことでさえ、忘れてしまうような怒涛の時間が過ぎた。
ふと、何かを思い立ち、またあの大通りに向かいドライブでもしよう。
そう思い、車を走らせた。

 もう26年も経つと当時の面影もなくがらっと全てが変わってしまっていたように思えた。
ただ、あの信号の横にある大きな店。まだ娘が幼く、妻がいたころによく行っていた店。その店だけが残っていた。
 彼は怒涛の時間のせいかすぐには当時の事を思い出せなかった。
何気なく、信号待ちをし誰かに呼ばれたかのように横を見たとき、その店が目に入った。
その時までは、全てが変わってしまったかのように思えた街並みが、20年前の楽しかった時代の町に変わったような気持ちがした。
何気なく店の窓を見ると、当時の自分たちがいたような気持ちさえした。

 よく妻が買っていたもの、よく娘が泣きじゃくっていた場所、そして言い合いをしていた車内。
そのすべてがとてつもなく愛おしい時間だったこと。
もう元には戻らない時間。

 これまでの彼の大変だった時間、妻と娘との幸せの時間がまるで昨日のように鮮明に脳裏に映し出されたような、短い映画でも見ていたかのようなそんな風に思えた。
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