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文字数 1,291文字

 SNSをやっている人の中には、複数のアカウントを使い分けているという人もいるだろう。
 例えば私はゲーム用とオカルト用とプライベート用のアカウントを持っている。
 それぞれは、それぞれに独自のコミュニティを形成し、決して交わることはない。

 もっとも、私の場合は仮に誤爆――ゲーム用のアカウントにオカルトの話を投稿するなど――してしまっても非常に困るということにはならないだろう。
 多少は引かれるかもしれないが。
 あるいはゲーム繋がりの知人から、オカルト話を収集する良い契機になるかもしれない。

 一方、そうした誤爆をしてしまったら非常に困る人というのもいる。
 例えば、日頃は女性に対して優しい言葉を紡ぐ人が、裏では全く真逆の言葉を吐いていたとしたら。
 その、どちらかのアカウントにでも現実の本人に繋がる情報――住所や年齢、職場・学校、最悪なことに本名――があったとしたら。
 場合によっては社会的責任を問われることにもなるだろう。

 私の身の周りにも、図らずもそうなってしまった人がいた。
 身の周りと言っても学部が同じなくらいで直接の知り合いではないが。
 友達の友達の話、というやつだ。

 彼女、Yさんはまさに裏アカの所為で大学を中退するはめになったのだ。
 彼女は落語研究会に所属しており、真面目で、また見た目も良い方だった。
 SNSでは主に落語の話を発信していた。
 そんな彼女がサークル仲間の悪口を誤爆したときは、誰もがびっくりしたそうだ。

 後から聞いた私も、やっぱり信じられなかった。
 そんな人には本当に見えなかった。

 二つ三つ投稿してからようやく削除し「アカウントを乗っ取られた」と釈明。
 だが、それを信じる人はいなかった。
 裏アカが発見され、そこに書きこまれた多くの行動記録から本人と断定されたのだ。
 自室の写真まであげていたそうだから無理もない。

 それでも彼女は「あれは違う」「私じゃない」と言い続けたそうだが、結局、周囲の視線に耐えられなかったようで、二ヵ月後には中退してしまった。

 その話の裏側を私を含めて多くの人が知ったのは、卒業記念パーティーのときだった。
 ある女学生が酒の勢いか、それとも、もう会わない連中だからと割り切ったのか、あるいは、承認欲求でもあったのか。
 ともかく彼女は暴露した。

 ――あの一件は、全て自分のしたことだ。

 サークル仲間や先輩後輩の悪口を織り交ぜつつ、彼女を徹底的に尾行して、その動静を逐一SNS上に記録し、Yさんの部屋に招かれた隙に写真を撮ってアップロードするなど、諸々の準備を整えた後、これまた密かに取得したYさんのアカウントのパスワードでもってログインし、さも裏アカから誤爆したかのように装ったのだ――と。

 言うだけ言って会場を出ていった心底愉快そうな彼女の顔と、その後のなんとも言えない会場の空気は、一生、忘れられないだろう。

 ……という話をオカルト用のアカウントでししてから半年後、Yさんが殺人罪で逮捕されたことを知った。
 被害者は、あの女学生だった。
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