第1話

文字数 1,061文字

 “日本縦断歩き旅”と称して、奥州街道をてくてくトボトボ歩いていた時のことだ。

 中尊寺を見学した後、藤原秀衡の首桶から出てきたハスを,大賀博士が学術調査として持ち帰り、バイオテクノロジーを駆使して、820年前のハスが蘇ったという沼を見学していたら、雲行きが怪しくなってきた。
 やがて凄い雷雨となり、二股で国道4号線と別れ、走った。
 あまりにひどい降りになって来たので、途中にあった神社に立ち寄って社殿の中に入って雨やどりした。

 志賀理和気神社・通称赤石神社とよばれているらしい。
 バックパックを降ろし、タオルで体を拭き、ぼんやりと手摺りに寄りかかっていると、なんだか眠くなってきた。しばらく雨は止みそうにないし、なんだか歩き疲れた体に雷雨に掻き立てられて拭いてくる風が心地良かった。

「桃香は待っています」
という声が聞こえた。

「??」

 眼を開けるとまばゆい陽射しの中にいた。

「都へお戻りになるのはお仕事故、落ち着いたら桃香は・・・」

 ここはどこだろうと一瞬思ったけど、私は、

「必ず迎えに来るから、それまで、ほんのひと時のことじゃ」
と口にし、桃香さんの手を握っていた。

「はい・・・」

 桃香さんが胸の中に寄りかかって来た。
 ひしと抱きしめた。

「おじさん・・・」

 誰かに呼ばれた。
 ハッとして目を開けた。
 バックパックを抱きしめて眠りこけていたようだ。
 まだ激しい雷鳴が轟いた。
 見ると小学校1年生くらいの女の子が社殿の階段のところに座っている。

「凄い雨になっちゃったね、濡れた!?」
「大丈夫、走って来て、すぐにここに雨宿りできたから」

 名札に○○桃香、と書いてあった。
「??」

 南面の桜・・・樹齢700年とも云われている彼岸桜がこの神社の境内にある。

「南面の桜の花は咲きにけり 都の麻呂にかくとつげばや」

 将来を誓い合ったのに、都へ急遽呼び戻された藤原頼之、それきり時が経ってしまったけれども募る想いをどうすることもできず,河村桃香が認めたその歌・・・。
 やがて都から頼之の使者がやって来て,桃香は上洛し,晴れてその妻になったという話・・・。

「ちょっと小降りになって来たね」

 女の子に声をかけた。
 また稲光と雷鳴・・・。

「・・・」

 社殿の階段のところに女の子はいなかった。

 旅をしていると、ふっとどこか知らない世界に迷い込んでしまうことがあるけれど、それならそれで、その世界で生きてみても良いなぁ~・・・と思うこともある。

「桃香・・・」
と呟いてみた。

 けれど、雨に濡れた古木が参道の向こうにしっとりと濡れそぼっているだけだった。
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