第1話

文字数 1,999文字

「熱心にノートを見ているようだが・・・」
「フアン1世の家族のところを見ているのです。アラゴンの王様です」
「君は私よりも歴史に詳しくなった。いい機会だ。私の家族についても君に話をしよう」

 ニコラス先生は馬車に乗っている2人の護衛の方を見た。盗賊に襲われたりした時のため、遠くに行く時は必ず護衛の人もついてくるのだが、今のところ何もなくて2人は座ったままぐっすり寝ている。

「君の勉強のためだ。しばらくラテン語で話そう」
「は、はい」

 ニコラス先生はラテン語でゆっくり話し始めた。今の僕のラテン語の実力は、ゆっくり話してもらってなんとかわかるくらいである。

「私が5歳の時に母が亡くなった。母はユダヤ人だったから、その血を引いている私はすぐにやっかい者扱いされた。そして私は母の弟、私にとっては叔父の家に引き取られることに決まった」
「5歳なら、僕と同じ年、ですね」

 ラテン語ではスラスラとは話せない。頭の中で言葉を思い浮かべ、それをつないでいく。

「叔父は独身で医者をしていた。私は叔父からいろいろなことを教わった。ラテン語だけでなくギリシャ語やヘブライ語も習った。私も自然に叔父と同じように医者になることを決め、20歳でパリの大学に留学した」
「先生も、パリの大学に、行ったのですね」

 きちんとした会話にならない。先生の言ったことを繰り返すだけである。

「私がパリにいる間に叔父は殺されていた。何があったか、これを読んでみるといい」

 1冊のノートを渡された。

「叔父はヘブライ語で詳細な日記をつけていた。それを読んで私は叔父の死と関係ある部分だけラテン語に翻訳してまとめた。君にとってはまだ難しく、また衝撃的な話になると思う。だが君もユダヤ人の血を引いているからにはこのような事件に巻き込まれる可能性もある。君ももう15歳になった。スペインでどのようなことが起きているか、知っておいた方がいい」

 僕は渡されたノートを開いて見た。『異端審問で殺された家族』というタイトルがあり、細かいラテン語でびっしり文字が書かれていた。





 異端者の裁判や処刑はもはや珍しいことではなくなっていた。だが、その裁判では改宗したユダヤ人の家族4人が裁かれると聞き、気になって見に行った。私も改宗しているが両親はユダヤ人である。街の広場で裁判は行われ、たくさんの見物人が集まっていた。

「今から悪魔の手下となってしまったこの4人に対してその罪を明らかにして罰を与える」

 縄で縛られた3人が台の上に上げられた。母親と2人の子供はそれぞれ15歳と10歳くらいであろうか、口には布を巻かれてしゃべれないようにされている。次に父親らしき男が台の上に立たされ、頭にかぶせられた袋が取られた時、見物人は悲鳴を上げた。その顔は見分けがつかないほど焼け爛れ、目は潰され、口は大きく切り裂かれていた。おそらく拷問によって気が狂ったのだろう。獣のような唸り声を上げていた。

「彼ら4人はキリスト教徒に改宗したと見せかけて、実は仲間と連絡を取り、我々キリスト教徒に復讐する機会を狙っていた。そしてついにその日は来た。彼らの住む村の教会に火がつけられ、司祭とそこで働く者3人、計4人の尊い命が奪われた。そして教会内で大切に守られた聖遺物も灰になってしまった」

 見物人の間から叫び声が聞こえた。皆口々に悪魔の手先を殺せと叫んでいた。

「判決を言い渡す。悪魔の手先となって教会に火を付け、聖職者の命を奪った罪はあまりにも重い。見せしめのため、4人全員を生きたままの火刑とする」

 見物人の間から歓声が沸き上がった。広場には別の場所に火刑台が用意されてあって、見物人は皆一斉によく見える場所へと移動していた。私はもうこれ以上見るのが耐えられず、広場を離れた。かなり離れた場所から後ろを振り返ると真っ黒な煙が上がり、怖ろしい叫び声が聞こえた。




 私は気になって教会に火をつけられたという村に行き、詳しく調べてみた。そして火事があった当日、処刑された家族4人は遠くに住む親戚の家にいたことがわかった。おそらく火事は教会にいた誰か、聖職者かそこで働く者がろうそくの火をきちんと消さなかったことが原因で起きたのだろう。だがそのようなことは教会側は認めたくない。そして不幸にも同じ村に住んでいたユダヤ人の家族が犯人にされてしまった。さらに裁判が行われる直前、別の村でユダヤ人の男が行方不明になっていた。これは何を意味するのか・・・

 裁判の時、他の家族に比べて父親だけ顔が焼け爛れ、酷く傷つけられていた。これは彼らが悪魔の手下だということを印象付けるために行われたと思ったが、別の理由もあったのかもしれない。本当の父親は拷問で殺され、別の男が捕らえられて顔を潰され処刑されていた・・・

 私は事件について詳しく調べたため異端審問所から目をつけられてしまった。そして私の所に異端審問官が来て・・・
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