アタリつき

文字数 1,111文字

 こういうとこが嫌い。

 三歳年下の彼は、目に涙をためて私を見つめる。
 私から切りだした別れ話は、彼を一瞬でかわいそうな被害者にした。
 彼がいつも選ぶソーダ味のアイスが、ゆっくりと溶けていく。
 すべてが子供っぽくて、うんざりしてしまう。
 
 お互いに学生の頃は、それでもよかった。
 しかし私が就職すると、彼のそういった態度はひどく幼く思えた。
 周りの同年代は、年上の彼氏とディナーに行く。
 もちろん、相手のおごりで。
 
 まだ学生の彼とは、公園の散歩で時間をつぶすだけ。
 私がお茶かコーヒーを選ぶようになっても、彼はアイスのままだった。

 水色のアイスが、薄く色を失って落ちていく。
 彼の涙と同じようにしずくになり、消えていく。
 時間をかけてアイスは、私の気持ちと同じように寿命を終え、安っぽい木の棒だけが残る。
 小さな小さな生き物の、墓標のように彼の手の中に握られている。

 彼は精一杯の笑顔で、私に「ありがとう」と言った。
 
 なにが、ありがとうなの?
 純粋なあなたを傷つけて、それでもホッとしている私に何を感謝してるのだろう。

 きっとこの公園には、二度と来ない。
 私は、そう思った。


 
 まさか半年後に、ここで彼を待つことになるなんて。
 
 彼と別れて一ケ月は、のびのびと過ごした。
 悪いけど彼は私にとって、重りでしかなかったのだなと実感した。
 それから急に、さみしくなった。

 同僚に紹介してもらった年上の男性とは、二か月しか持たなかった。
 その男性に対して不満が出るたびに、彼のことを思い出して後悔の念がおしよせてきた。

 それからの三ヶ月は、毎晩のように彼に会う口実を考えたがプライドが邪魔した。
 そもそも自分からふっておいて、どのつら下げて会いたいなどと言えるのか。
 そんな時に彼から連絡があり、この公園で待ち合わせをした。

「ありがとう」

 彼は、いきなりそう言った。

「いきなり連絡してごめんなさい」

 言葉の出ない私に、彼は心配そうな顔をする。
 首をかしげて覗き込むように、不安に目を潤ませながら。
 半年前と何も変わらない子供っぽいしぐさ。

「いやだったら来ないから、べつにあやまらなくていいし」

 言った後で後悔する。
 なんて嫌な言い方をしてしまうのだろう。
 
 きっと子供っぽくて甘えているのは、私なんだ。
 謝ろうとした声は震え、目の前はにじんでぼやけた。
 彼の胸に顔を押し付けると、優しく頭をなでてくれた。

「アタリだったから、また一緒に食べれると思ってたんだ」

 何を言っているのかちっともわからなかったけど、彼の手の中に見えた木の棒は、とても大切なものに思えた。


 
 その大切なものは十分後に、ただのソーダ味のアイスにかわったけど。
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