第1話 ブラウン管の向こう側

文字数 1,032文字

「そういえばこんなものもあったな」

 引き出しの奥にあった写真を見つけた僕はそうつぶやいた。
 僕の大好きなアイドルとのツーショットだ。撮影したのは十年くらい前だったかな。

 彼女を知ったきっかけはほんの偶然だった。
 ふらっと立ち寄ったCDショップにBGMとしてかかっていた曲。
 それが彼女のデビュー曲だった。
 僕は店員さんにかかっている曲のCDが置いてあるか聞いた。

「あることにはあるんですけど、全然売れていなくて。少しでも売れるようにBGMにしているんです」

 店員さんは苦笑いを浮かべながら案内してくれた。
 当時、彼女の知名度は低いものだった。
 CDも棚の隅にポツンと置かれていた。

 僕は迷わず買った。
 一目惚れ、いや一聴き惚れというべきだろうか。
 何度も何度も聴いた。

 彼女が路上ライブをしていると知って、僕の心はときめいた。
 彼女の歌声が生で聴けるんだ。彼女に会えるんだ。それが嬉しかった。
 路上ライブにはあまりお客さんはいなかった。けれども彼女は全力で歌い踊っていた。
 その姿はきらめいていてまぶしかった。

 路上ライブには必ず参加した。
 彼女が頑張っているんだ。応援しなくてどうする。
 ある時、僕は勇気を出して頼んだ。

「僕とツーショットを撮ってくれませんか?」
「もちろん良いですよ。毎回来てくれてありがとう」

 推しとツーショットが撮れて僕は幸せだった。

 そんな彼女の一生懸命な姿が、有名なプロデューサーの目に留まった。
 それから彼女の人気は飛躍的に伸びた。音楽番組やライブはもちろん、バラエティー番組やドラマにも出演していた。

『ブラウン管の向こう側』

 芸能界にいる人を昔はそう呼んだそうだ。
 彼女は遠い存在となってしまった。

 ある日、僕は握手会に参加した。
 彼女と握手ができる、とても貴重なイベントだ。

「僕のこと覚えていますか? 昔路上ライブでツーショットを撮ってもらったんです」
「ごめんね。覚えてないの」

 目をそらしながら彼女は言った。
 無理もない。僕みたいな平凡な人間が覚えられているはずがない。
 彼女と握手できただけでも良しとしよう。

 ある時、彼女の結婚が発表された。
 僕は、彼女が結婚しても変わらず応援するつもりだった。
 でも彼女は結婚を機に芸能界を引退した。
 彼女は「ブラウン管の向こう側」から姿を消すことになった。

 僕は今でも彼女を愛し続けている。

「それ、まだ持ってたんだ。昔の写真って懐かしいけどちょっと恥ずかしいね」

 妻は照れながらそう言った。
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