全知全能になりたいな

文字数 3,262文字

夜だ。夜だからお風呂に入ろう。昼や朝に入る人もいるだろうが、少なくともぼくは寝る前に入ることにしている。ちなみに、あんまりよろしくないらしい。医者曰く、寝付きが悪いようなら眠る2〜3時間前に入るべきだと言われたことをふと思い出した。お医者さん、ごめんなさい。多分今日も眠れないかも。
ぱらぴれぴれぱれん、おそらく耳触りのいい電子音が完成を知らせてくれる。ほかほかと湯気を立てる湯船を確認する……うん、普通の風呂ができている。この風呂を沸かしたのは言うまでもなく自分だ。だって"ふろ自動"と言うボタンを押したのは、ぼくだから。当然だ。

ボタンをひとつ押すと、お風呂が完成されている。パネルで温度をピピピ……とやってやる。機械は言うことを聞き、全部全部をやっておいてくれる。毎日毎日ぼくはこうしてお風呂に入っているけれど、どうやって湯を沸かしているかなんて知らないのである。だからどうしたか?この、"どーなってんのかなんて、しらねー"の集合体で、この世全てが作りあげられているのである。恐ろしい話だ。冷蔵庫がなんで冷えているのか、飛行機が、鉄の塊が、あんなに重たい人々をたくさん乗せてなんで優雅に空を泳いでいるのか、誰も知らない。誰もってのは大袈裟かもしれないが、少なくとも自分は知らない。知らないのだが旅行には行く。不思議だ。かくなるぼくも2度は沖縄に飛行機で行った。最高だった。みんな、知らないことなんかに興味はないし、それでいいのだ。

それなら、そんな理屈っぽいようなことは調べなくていいんじゃないか、とも思うだろう。今のは例え話だ、現実世界に襲ってきた瞬間に、"しらねー"達は牙を剥く。

今自分は大学生であるので、教授と話す機会がよくある。卒業研究なんかしていると特にそうだ。難しい話をされる、わからない。ここまで来て感じるのは圧倒的な恐怖だ。知らないことを話されている!知らない!聞いたこともないかも!
知らない、ということは丸腰ってことと同じだ。ことに、知らないことを質問された時なんかにはたいへんだ。沈黙は死だ。目の前の、賢いやつに殺される。知ったかをしたとて賢い奴の持つ盾の前では、一寸法師の針みたいなものだろう。弾き返されて、けちょんけちょんにその反抗心まで殺されるに違いない。仮に、優しい人達だったとしても(もちろん、そちらの方が多い)こんなのもわからないのか、と思われているかもしれない……という、若干被害妄想じみた予感が付きまとう。本当に恐ろしい話だ。

物事の仕組みを知れば恐怖が減るはずだ、ぼくはずっと全知全能になりたいのだ。いや、全知だけでいいかもしれないけれど、知っていて何も出来ない。……というのもさみしいので、欲張りにも「全知全能」としておこう。どうせ、叶わないんだ、君、大きく行こうではないか。

世の中に存在しうるもののだいたい全ては、誰かが作っている。今、この文章を書いている端末だって作ったのはスティーブ・ジョブズだろう。スティーブ・ジョブズがほんとにこの何回か落として端にヒビのある哀れなiPhoneXを作ったかは知らないが、少なくともその近辺の誰かが作った機械のはずだ。ここのプラットフォームで小説がかけるのも、ここで様々なことができるよう作ったエンジニアがいるからに違いない。ありがとうございます。
そのほか、ぼくは絵を描くのが大好きなんですが、パソコンで自由自在に絵筆のような質感が生み出せるのも、誰かがそういうシステムを作っているからだ。タブレット画面上にまるで紙のようにすらすらと書けるのも、電磁誘導……なんたら……すなわち……誰かが作っている。どうしよう、身の回り全ての全て、賢い奴らが作っている。なのにぼくらはそれをなんにも知らないのだ。たいへんなことだと思わないだろうか……?



毎日の日課に、夜寝る前に薬を飲む。飲むとなにかがなにかの受容体にひっついて、ぼくは眠たくなる。そんなことを考えて作っちゃうやつなんて、お目にかかりたくもない、怖すぎる。自分には、恐らく一生かけても仕組みがわからなさそうだ。受容体って何なんですかね、よくイメージイラストにわかりやすく書かれている、コップのような機関やカラフルなつぶつぶの脳内物質たちは、人の脳をばらばらにしたら見えてくるんでしょうか?だとしたら、あいつらは人殺しかもしれない。やはり、お目にかかりたくないものだ。

物事を知るようになると、世界が見えてくるのである。例えば、ちょこっと趣味でゲームやアプリを作り始めた。本当にちょこっとの知識だ、エンジニアさん、もしこの文章に齟齬があったとしても、虐めないで下さい。出来ればここは読まないで下さい。知っている人が怖いのです。よろしくお願いします。
それまで、毎日毎日触っているゲームやアプリの仕組みなんか考えたことがなかった。作り始めるとどうか、世界全てに「造り手側の視点」が追加されるのである。消費者であった頃には、想像もつかない見方かもしれない。このゲーム古いからかもだけれど、セーブシステムが煩雑でルートを回収できない、腹が立つ、そういう時……こう思う、セーブポイントをいちいち分岐で作ってかつ、わかりやすいインタフェースにするなんてヤバすぎる、無理よりの、無理だ。だからあんまり怒らないようにしよ、と思えるようになる。知識は人を優しくする。不安を消して、優しさまで残していくらしい。ああ、全知全能に凄くなりたすぎる、そう思う……。

自分は現実、この世界のほぼほぼ全てを知らないのである。何かを作る時、それを作るのに使ったものさえ、他人が作っている。しかも、すんげえやつだ、多分。己のハイパー上位互換が最適化したものを操って、ぼくらは日々生きている。

ぼくは今プログラミングをして、パソコンに「命令」をかいている……例えば……簡単に言えば、"ボタンをタップした時に呼び出し!"というものを置く。そしてそこに押された時の処理を書いていく。ボタンを押すとポップアップが出るだの、文章、イベントが始まるとかが呼ばれる。似たようなので、"領域に入り込んだら何かを呼ぶ"というのを起こしつける。またつらつらと書いていく。ここに入ったときに、呼ばれてきて、して欲しいことがあるから……
そこで、何かを操作して操っている。もしかして自分はこの、ごく小さいエリアでは何かを知って操れているのではないか?と思う。どうでしょう?

では、その命令ができるようにしたのは誰か?誰かがプログラミング言語という、基盤を作ってくれたに違いない。どうやったら、文字をかいて言うことをパソコンなんかに聞かせられるんだろう。意味がわからない。そもそも、そもそも論としてパソコンがもうわからない。なんだこれ、ぼくの5000倍は賢いと思われるが……でも、これも作ってる人間がいるのである。信じられない。画面になんでものが写っているか説明できる人は街を歩いている人の何割くらいなんだろう?ぼくは頭上の電気がなんでついているのかも、知らないんです。びっくりするくらい、生きていることの全てがわからない。

1つくらい、完全無欠に誰も何も用意していない場所で、何かが出来たらいいなあと時々夢のように考える。自分でなんにもないところから作り上げたものは、「知っている」としていいだろう。なんにもない場所でやらないといけない。なんにもないところ、海だろう。すなわちぼくは今海にいる。誰にも手を加えられていない、真白な砂を手に取り、城を建造し始める。たとえばもし、本当に例えばの話だが、ぼくにとんでもない「砂でお城作り」の才能があったとする。話題になったそれは、どのような仕組みで現実を切り取っているのかが、さっぱりわからないカメラで撮影され、意味のわからない仕組みで伝送され、世界中で放映され、もしかしたら意味のわからない技術で固められ、風化しなくなるかもしれない。そうしたら、時々それを見に来るのだ。全然どうやって走っているかも知らない電車に揺られながら。

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