第1話

文字数 1,144文字

「今回はご縁がなかったということで_」
電話口で淡々とした慰めの言葉が続く。友人は安定した職に就き、結婚し家庭を持つようになったが他方、僕はどうだ?俳優の夢も叶えられず、職も見つけられない。惨めだと思う。
神様なんて存在しないことを思い知ってもなお、神に縋っている自分を嘲笑する。

「神様はいるさ。」
背後で声がした。振り返ると制服を着た「僕」がいた。
「君、昔の僕?」
「なんだもっとびっくりするのかと思ったのに。」
「僕」は不服そうな表情を浮かべて、僕の隣に座った。
「神様なんかいるわけないだろ。」
「どうしてそう思うんだよ。」
「夢も叶えられない、仕事も見つけられない、なんとかその日を生きるので精一杯なんだ。神様がいるならもっとマシな生活しててもいいだろ。」
「僕」がはっとしたような顔をして僕の顔を見つめた。
「夢…」
張り詰めた空気が「僕」の期待を帯びているような気がした。それが余計に惨めに思えて、僕は沈黙をかき消すように言葉を続けた。
「がっかりしただろ。夢を追っているうちに夢に追われるようになるなんて。」
希望に満ち溢れた過去の自分の前でこんな事を言うなんて情けないと思いながらも、意思に反して口から音が漏れる。

「…情けなく、ないよ。」

「僕」がか細い声でぽつりと呟いた。彼の両手は悔しそうにズボンを固く握りしめている。
「夢って俳優のことだろ。僕も同じさ。ってそりゃそうか、君は僕だもんな。」
「僕」が力なく笑いながら必死に言葉を紡ぐ。
「俳優なんてなれるわけないってみんな言うんだ。『だから何だ』って自分に言い聞かせながら頑張ってきたけど、周りは進学とか就職の準備を進めてて、『自分何してんだろ』って不安になってフラフラしてる自分が嫌になってた。」
確かに僕はあの時、現実を生きる友達と無謀な夢を追いかけている自分のギャップに心が折れかけていた。その事もあってその当時一度夢を諦めた。
「夢を諦めて進学の道を選んだけれど、その後もずっと『夢から逃げた』って思いが拭えなくて苦しかった。」
「僕」の足元がじんわりと濡れていく。涙が頬を伝っていた。
「だから今日、君に、未来の僕に会えてよかった。」
「僕」がゆっくりと立ち上がり、大きく息を吸った。
「お前のその夢、死んでも叶えろよ!」
「見てろよ!バカにしてきた奴ら全員見返してやる!」
僕も立ち上がって叫んだ。

「じゃあ僕はもう元の世界に戻らなきゃ。」
「もう会うことはないと思うけど、元気で頑張れよ。」
「「今日から人生リスタート!」」

「僕」は一瞬にして消え、ふつふつと煮えるような懐かしい熱いエネルギーだけが僕の体の内側に残った。失ったと思った希望は過去の僕が思い出させてくれた。やっぱり夢は諦めきれない。

走り出せ。人生はいつだって何度だってリスタートできるんだから。
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