シリウスの彼方より

文字数 1,298文字


 イコ少年の最近の楽しみは、買ったばかりの最新機種である〈パルサー計測型素粒子望遠鏡〉で、無限の星空を仮想冒険する事だった。
 およそ021600秒の教育カリキュラムを終了すると、脇目も振らずテレポートジャンパーへと駆け込み、早々に自宅へと転送帰宅する。昼食に用意してあった化合クロレラカプセルの山を無造作に掴んで口へと頬張ると、すぐさま自室の望遠鏡へと取り憑かれた。
 神経接続用のニューロナイトケーブルを後頭部ジャックへ差し込むと生体電流に連動した望遠鏡は静かな息吹を呻いて起動し、放射性パルサーに素粒子が反響して捕らえた宇宙空間の映像をダイレクトに視覚投影してくる。36288000秒前に発売された最新型だけあって、今度のモデルはかなり遠くの外宇宙銀河まで鮮明に見る事が出来た。
 もともと宇宙人の存在に胸躍らせるイコ少年は、まだ未開拓の銀河には知的生命体がいる事を信じて疑わない。
 とりわけ最近夢中になっているのが、自分達が住むシリウス系銀河から約九光年ほど離れた太陽系銀河だ。ここには実に様々な惑星が存在し、そのヴァリエーションに魅入られると飽きというものが来ない。
 最初に目を引いたのは、見事なアステロイドリングを持つ第六惑星だった。これが惑星誕生期の地表爆発で飛散した岩や氷の集合体であると理解したのは後の事だったが、それでも、このような見事な自己演出を飾る惑星を少年は他に知らない。
 次にイコ少年が惹き付けられたのは、巨大な体積を持つ第五惑星で、最初はこの星こそが太陽系銀河のボス的存在ではないかと思い、知的生命体による高度文明の存在を期待もした。しかしながら、実質的には体積の殆どがガス雲の掃き溜まりで、その表層となる不凝固な地表は生命体の生存が到底不可能であったから、何だか肩透かしの失望を覚えたものだ。
 第一惑星と第二惑星はスペクトル計測した仮想表面温度の異常数値には驚いたものの、それ以外には取り立てて夢想少年の関心を惹くものはなく、以降は特に観察しなくなった。
 彼を病み付きにしたのは、第4惑星の神秘である。赤い岩盤に覆われた過酷な地表ながらも、青々とした運河が所々に存在しており、水が流れる周域には細々と緑が息吹いていた。その唯一ともいえる命の綱を求めて集う動物達はまだまだ原始的ではあったが、しかし、こうした生命の力強いサイクルがある以上、いずれは知的生命体の誕生も絵空事ではないだろう。それが何百億……何万億年後の事かは解らないが生物進化論から見ても確定的な可能性であり、来るべき未来の姿を想像するだけでイコ少年は高揚していく興奮を隠せなかった。拓けた文明を持つ異星人と手を取り合い、更なる平和的且つ生産的な進展を宇宙の架け橋とする……なんと素晴らしい事ではないか。

 それにしても……である。
 天文学的に見ても第4惑星より好条件な配置にある第3惑星は、何故こんなにも灰色に淀んだ死の大地なのだろうか?
 それがイコ少年が抱いた素朴な疑問である……。



[終]
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