第1話
文字数 2,101文字
あなたには、記憶がありますか?
あなたには、思い出がありますか?
そう、それはきっと誰にでもある。
「ほら! 手をとって!」
私だけが特別なんじゃない。
私だけが貰ったわけじゃない。
「……えっと、でも」
「ほら! 怖くないよ!」
出会いは特別だったと思う。
でも、私とあの子は普通の友人関係。
私は女で、あの子も女。
本当にどこにでもいる、普通の女の子で二人組。
私は他人に救ってもらっただけの、普通の子。
彼女は他人を救っただけの、普通の子。
私達はどこにでもいる、普通の女の子。
「私達、とっても素敵な友達になれると思うの!」
彼女との記憶は、きっとこれだけ。
知っていられたのは、この瞬間だけ。
彼女との記憶はこれだけであって欲しかった。
それ以外は、私の傷になったから。
「……うん。そうだね」
私がそう答えたのを、きっとあなたは覚えているよね。でも、私が何年も抱えていた気持ちをあなたは知らない。友達でありたいと思っていたのは、あなただけだよ。
「私達はこれからも親友でいられるかな?」
「大丈夫だよ。絶対に……」
心にも思っていないことを口にした。
私は親友になんてなりたくなかった。
友達から先を見たかった。
彼女と、親友とは違う関係に進みたかった。
でもそれは、私がこの世に生まれた瞬間から叶わない。
なぜなら、普通ではない特別な気持ちだから。
普通の私には、きっと叶えられない。
こんな言葉は忘れてしまいたかった。
私が覚えている、ただの苦い記憶。
「私、君のこと好きだよ」
きっと、意味は違う。
私が思っている「好き」ではないこと。
そんなことはわかってる。
でも、これは思い出なんだ。
私に都合のいい、綺麗な思い出。
ずっと、ずっと胸の中にあって欲しい。
「もう、嫌だ……」
こんな気持ちを、きっと生涯ずっと続けていく。
そんなことに嫌気を覚えはじめた。
いつもの日々で、唐突に彼女から告げられたこと。
私は今でも記憶してる。
「私ね、長くは生きられないんだ」
そう言った彼女の顔が記憶から離れてくれない。
その表情が私を過去に縛り付けている。
残酷で忘れてしまいたい記憶。
それからの日々は、本のページを捲るよりもはやく過ぎ去っていく。
「きょう、も、来て、くれたんだ。ありがとう……」
そう言って弱々しく病院のベットで笑うあなた。
顔を合わせる度、日に日に弱っていくあなた。
記憶に残っている、変わり果てていく彼女。
忘れたい、忘れたいよ。
でも、ここに残ってしまった。
思い出が、記憶を許してくれない。
真っ白な世界に、彼女だけは色を感じた。
まだ元気だった彼女との思い出は、美しかった。
「ほら、こっち!」
子供みたいに、二人ではしゃいだ。
「これ似合うよ!」
一緒に、街を歩いた。
「ここ、いいところでしょ?」
大切になる場所を、一緒に巡った。
「……しちゃったね」
ふざけて、唇をあわせた。
「……うん」
色のない心に残る、大切な思い出。
その鮮やかに彩られた何かが、記憶が心を縛る。
きっと私は、彼女に全てを奪われた。
「無くしてしまいたい」
ただの友達である彼女。
弱っていく彼女。
叶わない恋をした私。
「忘れたくない」
あの色づいている世界。
彼女と過ごした日々。
彼女に恋をした私。
「……忘れられない」
もう、まともに喋ることすらできなくなった彼女。
それでも、あの時みたいに私に手を伸ばす。
私を救ってくれたあの時と同じ。
だから私も、あの時みたいに手をとった。
「す、き」
私の手を握りながら、ただの親友に向けて彼女が言った言葉。
それが頭から離れてくれない。
私達は出会って友達になり、親友のままで永遠に別れた。
「さようなら」
臆病で醜い普通の私が特別な友達を失った物語。
きっとそれが、私だけが知ってるお伽話。
私しか知らなくていい、大切な思い出。
私の中にしかない、色褪せてくれない記憶。
彼女は私を救って、私から全てを奪った。
「はぁ、はぁ……」
何年も受け入れてこなかった。
会いにくることすら、できなかった。
世界はこんなにも優しくない。
もう二度と、彼女には会えないってわかってる。
「……久しぶり」
それなのに、この言葉を口にする。
生きている私に許された特権。
彼女は、私には会えない。
そう思えば、救われた。
「あなたと、出会わなければよかった」
私の全部を奪ったのに、永遠に届かない場所に行ってしまった。
あなたの言葉と記憶で、私だけがこんなに苦しんでいる。
あの思い出に焦がれている。
私は、あなたを恨んでる。
一生、恨みながら生きて、恨みながら死んでやる。
今度また会ったら絶対に許さないって、ありもしない次を神に願って、今日もあなたを想ってページを捲る。
「そんな私は、醜いかな?」
ここには誰もいない。
誰もいるはずのない、静寂に包まれた空間。
生きている人を納得させるために用意された場所。
そして、ただの石の塊を目の前に、私は呟く。
「……あなたが好き、でした」
私はきっと、あなたとの思い出を覚えていたくて、彼女との記憶を忘れたいんだ。