二つの顔を持つ男

文字数 1,273文字

「ゲーム実況者とかVTuberとか、顔出さずに活動してる奴ら好きじゃない」
 同僚の宇野がビールジョッキ片手に不満げに愚痴を言っている。好きな子が実況者に夢中になっているらしい。
「どうせ実際はたいした顔してないのに……お前もそう思うだろ?」
 ビールをあおり、こちらに話を振ってくる。この酔っ払いめ。
「さぁ……よく分かんねぇから」
 俺の答えに、いかに顔を出して活動してない連中が卑怯かを力説してくる。適当に「そうなのか」と、ビールをちびちび、枝豆をつまみながら聞き流す。

 顔を出さずに活動している連中が嫌いなのではなく、本当は女性に人気でチヤホヤされているのが気にくわないのだろう。
 実際こんなふうに文句を言っているが、宇野は男性人気のある実況者のことを好きだと言っていた記憶がある。
 顔を出して活動している男性YouTuberのことも、女性ファンが多かったら何か理由をつけて非難するのだろうなぁ、と思う。

 俺たちはいわゆるイケメンではない。同僚の女性陣に「彼はどういう人?」と質問したら「優しい」とか当たり障りのない答えを言われる。それが俺たち。そう、つまりは普通。
 宇野は服装とか見た目にこだわっているから、俺と同類にしたら悪い気もするが。
 俺たちの問題は、容姿より度胸がなく臆病なことだと思うぞ、宇野。

 追加のビールでさらに饒舌になっている宇野の話は止まらない。
「それでファンの女の子に手を出したりしてさぁ!」
「犯罪行為はダメだな。それは実況者とか関係なく人としてダメだろ」
 顔を出していてもダメだろ。女性にモテているから嫉妬しているのだろう。

 実のところ、俺は宇野と違って顔を出さずに活動すること否定派ではない。
 見た目が9割とか言われるように、世の中は見た目で判断されてしまう部分がある。悲しいことに。
 どれだけ歌やダンスが上手くても、容姿が可愛くなければアイドルにはなれない。
 世の中はシビアだ。どれだけ才能があっても、容姿が原因で夢が(つい)えることがある。
 そんな人たちの夢を叶える一つの形がVTuberだったりするのだと思う。
 動画サイトでは多くの活動者がいる。その中でも人気になれるのはほんの一部だろう。ファンを増やす、人気を維持する。それには本人の努力や才能が必要だろう。何も見た目だけで人気になっているわけではない。

「おい、宇野。そろそろ帰るぞ」
「まだ帰るには早いだろー」など、うだうだと愚痴を言っている宇野をせっついて会計を済ませ、タクシーに乗せて帰らせる。
 さぁ、俺も帰ろう。22時までに帰宅しなければ。


 PCを立ち上げ準備開始。Webカメラ、コンデンサーマイクにボイスチェンジャー。
 諸々の準備を整え配信ソフトを起動。

「皆さん、こんばんは~!自称VTuber界の歌姫、歌川とおんでーす!」
「今日は雑談配信だよー。皆、昨日アップした歌ってみた動画見てくれた?……ありがとー!」
「中身おっさんなのに可愛くて悔しいって?それは私の努力と技術の賜物だよ」

 今日も俺は動画サイトで女性アバターを(まと)い、ファンの皆と楽しい時間を過ごすのだ。

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