手紙

文字数 2,792文字

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 常に忘れっぽい忘れ者へ。

 久しぶり。
 元気だった?
 俺は相変わらず眠い。春眠暁をおぼえず、ってやつだよなぁ。最近全然起きられないんだ。
 ……今いつも起きられてないだろってツッコミが聞こえた気がする。うるせー。春なんだよ。春だからなんだよ!ま、確かに今年も初日の出見逃したけどな。起きたら十一時だった。起きてすぐ親に、初詣いくよ!って言われてさぁ、寝ぼけつつ近所の神社にお参りしてきた。あ、大吉だったぜ。すごくね。
 まぁ、そんなどうでもいい話はともかく、本当に久しぶりだよなぁ。大学卒業してから、五年くらい?引っ越してから全く連絡取ってなかったな。お前さ、たまには戻ってこいよ。お前の母さんが怒ってたぞ。クラス会にも顔出さないし。あ、三十歳になった時は来るんだろうな?確か高校三年の時のクラスで集まるぞ。覚えてなかったとか言うなよ。覚えてなかったんだろうけど。その忘れっぽさどうにかしろよ。あ、まさか前回のやつ出欠連絡するの忘れてたとかないよな?そうなのか?そうなのかお前!
 とりあえず、三十歳のやつは絶対来いよ。来なかったら夢に出てきて殴ってやる。え、当然だろ?(笑)
 そうだ、お前都会に行ったんだから星なんか見てないだろうな。こっちは、まだまだ田舎なもんで、普通に綺麗だぞ。そういや高三の時、山登って見に行ったよな。綺麗だったなぁ。途中で寝たけど。また気晴らしに見に行こうぜ。人生何かと疲れるしなぁ。
 今、何してるかわかんないから、なんとも言えないんだけど、まぁ無理はするなよ。健康診断とか大事だぞ。ちゃんと受けとけ。うん忘れるな。忘れるなっつってんだろ。最近は若くてもガンとかなるらしいぜ。人生どうなるかわかんねぇしなぁ。
 ん?俺はちゃんと受けたぜ。当たり前だろお前と一緒にするな。
 いや、時って本当流れるの早いな。これ、もう一時間くらい書いてるわ。書くの遅い?うるせぇよ。いろいろあるんだよ。
 はー、後三年で三十歳かぁ……。時って残酷だなぁ。もう若者じゃなくなるんだなぁ……。ま、俺はいつでも子供の純粋な心を持ったまま人生まっとうするんで関係ないけどな。
 いや、待ってツッコミ入れて。そこでかわいそうなものを見るような目をするんじゃない。
 ま、でもそろそろやめるかな。なんか、もう、眠くなってきたし。いや、大丈夫、これ書いてるの夜中だから。真っ昼間とかじゃないから。
 安心しろ。
 じゃ、元気で。ありがとな。また会う日までさよーなら。

 八月三十一日、常に寝ぼけてる眠り者より。

 ―――――

 訃報を聞いたのは、次の日の夕方だった。
 あまりに急なことで、葬式にもでてやれなかった。
 手紙がその一週間後に届いた。
 家族以外誰にも今の連絡先教えてなかったから、届くのが遅くなったんだろう。
 あいつが……寝ている枕元の机に置いてあったらしい。
 訃報を聞いたときも、手紙を読んだときも、三年前とはいえ、いくら忘れっぽいおれでも忘れようがなかった。
 しばらく生きた感覚がなかった。
 どうにか四十九日には休みがとれ、一度故郷に戻った。
 あいつがいないという空虚感や違和感が、妙に騒がしい部屋の中で、ふわふわと宙を漂っていた。
 葉が一枚風に吹かれて飛ばされていくのをみた。まだ消えない熱の中、葉が落ちるには早すぎるのに、当然のようにそれは飛ばされていた。ただ呆然とそれを眺めている他なかった。

 あれから三年が経って、おれはあいつに言われたとおりクラス会に参加した。
 夢に出てきてくれるのも悪くないと思ったが、それでは意味がないことも分かっていた。
 クラス会はそれなりに懐かしく、楽しかった。
 あいつのことには皆あまり触れなかった。それでもあいつは皆から好かれた奴だったので、浮かない顔をする人は多かった。そんな寂しさを紛らわすように、飲んで食べて騒いだ。
 それが思ったよりうまくいって、酔いの勢いもあって二次会のカラオケではマイクを取って熱唱し、かなり盛り上がった。画面に大写しになっている歌詞を間違えたのは何故だろうか。
 二次会が終わる頃には数人になり、まだ飲み足らない人は三次会で飲むらしい。
 しかし酔いと疲れがかなりきていたおれは、仲のよかった友人と共に帰路をたどった。
 他愛もない話をしていると、不意にその友人は決まり悪そうに俯いた。
 「……なぁ、あいつ、あいつも酒好きだったな」
 「……そうだな」
 友人はおれに笑いかけた。
 「お前、手紙をもらったそうじゃないか。羨ましいなぁーいいなぁー」
 その口調が子供っぽく、もう決して若くはないその容姿とのギャップに、おれは思わず笑ってしまった。
 「なんだよ、お前もほしかったか」
 「うーん、いや、まぁ、よく考えたら……女からならほしいんだけどなぁ……」
 街明かりより星明かりの多い夜空に、二人の笑い声がこだました。
 「ひどいな、あいつが今の聞いたら、お前に書かなくて良かったって言うぞ、きっと」
 友人は少し微笑んだまま答えた。
 「うん、そうだな。ぼくにはちょっと役不足だな。やっぱお前がもらうのが一番良かったんだ」
 おれは上を見上げ、星をみるでもなく、宙を眺めた。
 「……どうだろうなぁ。何度も読み返したけどさぁ、人生最後の日に書いたような手紙にみえないんだ」
 友人は静かに隣を歩いた。
 おれは変わらず宙を見つめた。
 「自分でも分かってなかったのかもしれない。いや、眠りにさといあいつのことだ、もうすぐ"眠り"につくことも分かってたに違いないんだ。なのにさ、それについて何の気持ちも書いてない。あいつらしい。わざとふざけて平気な振りするんだ。けど、けど、最後くらい……」
 景色が滲んで、光が滲んで、やっと星を見た。
 「手紙なんかいらないんだよ。何で教えてくれなかったんだ。どうして、おれ、最後にあいつに会ってやれなかったんだろう。おれ、手紙なんかいらなかった」

 夜道に、コツコツと二人分の足音と、虫の鳴く声が聞こえていた。
 暗く長い道に沿うように電灯がポツリポツリと立っている。
 切れかけた電灯を見上げた友人が、呟くように言った。
 「最後に、お前に手紙を書いて、お前が手紙を読んで、そうして……お前がこうやってここにいて。あいつは幸せ者だよ。だからさ、もういいんだよ」
 電灯の、そのさらに上の、まばらに光った星の空。満天の、というには少なくて、都会の空よりは多い中途半端な星の数。
 昔あいつと見た時は、もっと多かった気がする。あの日見た景色を、もう眺めることはない。ここも、数年の間に随分便利になって、明かりも増えた。あいつもいない。
 日々変わっていく景色の中で、頭上に広がる世界は儚く美しかった。
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