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文字数 1,296文字
『君は交通量だね。この器械を持って』
指でプラスチック製の黒いボタンを押すと、数字カウンタが一つ回る仕組みの計数器。
『ボタンを押すと数字が一つ増えるから、信号機が赤になるまでそれで数えてね。赤になったら、その紙に記入して。器械の右横にあるハンドルを回していけば0になるから』
摘みを回せば、五つある全てのカウンタが数字を切り替えていく。
『乗用車と大型車を区分けして、方向毎に押してくれれば良いから。大型車の種類は3枚めの紙に載ってるから各自で見て』
6通りも有るのに、5つしかないボタン。
不審で思案顔になった僕を見咎めたのか、社員に考えを見透かされてしまった。
『足りないのは、頭の中で数えてくれ』
春の気候を微塵も感じさせない、冷えた空気が吹き通る3月。
普段なら、まだ布団の中でまどろんでいる筈の時間帯の6時20分。
そんな朝方に、シャープペンとバインダーと計数器を持って折り畳み椅子に腰掛けている。
ひんやりとした風が剥き出しの顔を嘗め回し、顔の感覚を麻痺させていく。
手袋を嵌めていても、ほんの少し手がかじかんでしまいペンを取り落としそうになるし、ブーツだからと見くびって靴下一枚で済ませていたら、足の先が痛くなってきた。
風除けが一切ない見晴らしのいい道路で、寒さで縮こまりながら視線の向こうにある信号機を見つめていた。
腕時計を確認してみても、時間は先ほどと大して変わらない。
測定時間の7時になるまで27分間も、この手持ち無沙汰の侭で待たなければならない。
後ろを振り返れば、蛍光色のチョッキを着た渋滞長のバインダーを持った人が突っ立っているだけ。
出かける気を削ぐような冷たい風が吹く気温の低い休日に、朝方から散歩をする奇特な人なんか居ないんだろうな。車以外で出歩いてる人を全くもって見かけない。
他の誰かは暖かいお家でぬくぬくと微睡んでいる中、一つの交差点を向き合うように8人を一つのグループとした交通量調査員の僕らは待機していた。
時たま横を通り過ぎる車の音だけが小さく反響しては消えていき、自分の口から吐き出した息は空気中で白くなって霞み、吐息の音が自分の鼓膜の中だけで響き渡る静かな一時。
何も考えずに、代わり映えのしない目の前に広がる景色を眺めながら、時間の経過をただ待ち望んでいた。体温を飄々と奪う冷気に抗う事もできず、何もせずにただ座っているだけ。
空高く浮かんでいる千切れ雲、見ているこっちが寒く感じる丸裸の木々、寒さとは無縁の無機質な電柱、暖房と人の温もりで暖まってそうな家々の壁を、少しずつ顔を出し始めては朱色に染め始めた太陽。
温もりを感じさせる柔らかい陽光が体に当たり、冷え切っていた体をほんのり温めてくれる。
風の冷たさは一向に衰えないし、相変わらず手足はかじかんでいるけど、それを和らげてくれる日の光が在るから辛抱できそうだ。
時計をもう一度確認すれば、開始時間まであと数分。
残りわずかの暇が無性に恋しくなってしまい、顔を上げれば先ほどと変わらない温かな日差しが出迎えてくれた。
指でプラスチック製の黒いボタンを押すと、数字カウンタが一つ回る仕組みの計数器。
『ボタンを押すと数字が一つ増えるから、信号機が赤になるまでそれで数えてね。赤になったら、その紙に記入して。器械の右横にあるハンドルを回していけば0になるから』
摘みを回せば、五つある全てのカウンタが数字を切り替えていく。
『乗用車と大型車を区分けして、方向毎に押してくれれば良いから。大型車の種類は3枚めの紙に載ってるから各自で見て』
6通りも有るのに、5つしかないボタン。
不審で思案顔になった僕を見咎めたのか、社員に考えを見透かされてしまった。
『足りないのは、頭の中で数えてくれ』
春の気候を微塵も感じさせない、冷えた空気が吹き通る3月。
普段なら、まだ布団の中でまどろんでいる筈の時間帯の6時20分。
そんな朝方に、シャープペンとバインダーと計数器を持って折り畳み椅子に腰掛けている。
ひんやりとした風が剥き出しの顔を嘗め回し、顔の感覚を麻痺させていく。
手袋を嵌めていても、ほんの少し手がかじかんでしまいペンを取り落としそうになるし、ブーツだからと見くびって靴下一枚で済ませていたら、足の先が痛くなってきた。
風除けが一切ない見晴らしのいい道路で、寒さで縮こまりながら視線の向こうにある信号機を見つめていた。
腕時計を確認してみても、時間は先ほどと大して変わらない。
測定時間の7時になるまで27分間も、この手持ち無沙汰の侭で待たなければならない。
後ろを振り返れば、蛍光色のチョッキを着た渋滞長のバインダーを持った人が突っ立っているだけ。
出かける気を削ぐような冷たい風が吹く気温の低い休日に、朝方から散歩をする奇特な人なんか居ないんだろうな。車以外で出歩いてる人を全くもって見かけない。
他の誰かは暖かいお家でぬくぬくと微睡んでいる中、一つの交差点を向き合うように8人を一つのグループとした交通量調査員の僕らは待機していた。
時たま横を通り過ぎる車の音だけが小さく反響しては消えていき、自分の口から吐き出した息は空気中で白くなって霞み、吐息の音が自分の鼓膜の中だけで響き渡る静かな一時。
何も考えずに、代わり映えのしない目の前に広がる景色を眺めながら、時間の経過をただ待ち望んでいた。体温を飄々と奪う冷気に抗う事もできず、何もせずにただ座っているだけ。
空高く浮かんでいる千切れ雲、見ているこっちが寒く感じる丸裸の木々、寒さとは無縁の無機質な電柱、暖房と人の温もりで暖まってそうな家々の壁を、少しずつ顔を出し始めては朱色に染め始めた太陽。
温もりを感じさせる柔らかい陽光が体に当たり、冷え切っていた体をほんのり温めてくれる。
風の冷たさは一向に衰えないし、相変わらず手足はかじかんでいるけど、それを和らげてくれる日の光が在るから辛抱できそうだ。
時計をもう一度確認すれば、開始時間まであと数分。
残りわずかの暇が無性に恋しくなってしまい、顔を上げれば先ほどと変わらない温かな日差しが出迎えてくれた。
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