第1話

文字数 1,773文字

 温かなピンクの衣装をまとった(サクラ)に、撮影会に来てくれた人たちの意識が集中している。
 今日の衣装は時間をかけて作り上げた魔法少女だ。過去作品である関わらず、健気で頑張り屋な主人公の人気は健在。会場に満ちる熱気のようなものでそれを感じられた。

 もちろん、(サクラ)が可愛いっていうのもあるけど♪

 無数のカメラが向けられ、それぞれが好みのアングルで写真を撮る。その音を聞く度に胸がドキドキと高鳴る。
 この感覚は、日常生活では決して味わうことはない。

――やっぱりこの世界(ユートピア)って素晴らしい。


 撮影会が進んでいくと、カメコ(コスプレ写真を撮る人のこと)さんの一人が声をかけてきた。
「スカート、上げてもらえませんか?」
「いや、そういうのはちょっと……」
 予想外の要求に戸惑いつつも断る。
 しかし彼はそれを受け入れようとはしない。
 不機嫌そうな様子で要求を続けてくる。
「少しで良いんですよ。別にパンツ見せろって言ってる訳じゃないんだ。いいじゃん」

――どうしよう?

 瞬時にいくつもの情報が脳裏で錯綜するも答えは出せない。

 中にはそういう要求に応える方もいるだろう。
 でも(サクラ)はちがう。
 撮影会の規約に、きわどいポーズはとらないことは明記してあるし、する気もない。
 それを守ろうとしない彼に非があるのは間違いない。
 他のカメコさんらも深いそうな視線を向けている。よほど鈍感なのか、向けられた当人は気にしてないけど……。

 早く対処しないと、会場の空気が盛り下がってしまう。
 主催者権限で追い出すことも考えるけど、この手の輩は逆恨みをする。
 自己都合で捏造した(サクラ)の悪評を、SNSで拡散しかねない。
 例え真実が私にあっても、今後の活動に差し障るのは確実だ。

――大丈夫、大丈夫だから……。

 自分に『恥ずかしいことなんてない』と強く言い聞かせ、(サクラ)はスカートの端をつまんだ。
 わずかにあがった裾から、ソレまで隠れていた部分がさらされる。
 このくらいならスカートの短い衣装(コス)と変わらないし、けっしてやらしいものじゃない。やらしいものじゃない。

「こっ、これで良いですか?」



 返事はなかった。

 されど反応は劇的だった。

 要求したカメコさん以外の方々も猛烈な勢いでシャッターを切り始める。
 そこに込められた熱意はこれまでの比ではない。

――えっ、えっ、えっ……!?

 ちょっとスカートをあげたくらいでどうしてこんな反応が返ってくるのだろう。
 わけがわからない。
 そんな(サクラ)の戸惑いとは無関係に撮影会は進んでいく。
 一度、要求を通したことが災いしたのか、周囲の要求も徐々に過激になっていった。

 不躾な彼の要求を呑んでしまった以上、他の紳士的な方々の要求は断り難い。
 そうこうしていくうちに、(サクラ)の衣装は乱れていく。

――もう、これ以上はダメ。
 そう思っても、熱気に押され期待に応えてしまう。

 そうしているうち、(サクラ)は、(サクラ)は……。

  ★  ★  ★

「ふぅ」
 現実世界(リアル)に戻ると、VRゴーグルを外して一息つく。
 PCに表示したSNSではピンクの魔法少女(サクラ)を写した無数の画像が流れていた。
 その中には、かなりきわどいアングルのものがあり、あわやパンツが写るのではというものも含まれている。
 もっとも、下着は作ってないから写り込む心配などない。
 むしろそのせいで『履いていない』ように見えてしまうのが問題だ。いや、実際履いていないんだけど……。

 僕の名前は桜井大地。
 プロカメラマンを目指す男子高校生だ。
 そしてサクラは僕が仮想世界『ユートピア』で利用している分身体(アバター)であり、コスネーム(コスプレ中に利用する偽名)である。

 ある日、カメラを通じた友人から僕の写真は一方的過ぎ、被写体(モデル)の心情がわかっていないと指摘を受けた。
 僕にカノジョなんていたことないし、女心を察せられるほど機微に富んでもない。むしろ鈍感と罵られることの方が多い。

 それを解消するため、仮想現実で美少女(モデル)となり、撮影会を主催して、その心情にアプローチしているのだ。
 CGとは言え、自分で衣装を作り上げるのは思った以上に大変だった。
 苦労の甲斐あって、人気はうなぎ登りだし、自分の写真にも変化が現れてきている。
 まずまずの成功と言っていいだろう。

――それに……

 僕はネットに拡散されゆくサクラの画像(もう一つの自分)を見つつ、写真の技術以外にもなにかを掴めそうなことを自覚していた。
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