第1話

文字数 1,992文字

 高校から帰宅すると、ママが待ち構えていた。
 「やっぱり、ママは心配なのよ。16歳になっても初潮がこないなんて……。ねぇ、婦人科を受診してみましょう」
 
 私は、またその話かと思う。
 ――マジ絶望。
 
 「イヤ。絶対行かないから」
 「どうして? このままこなかったら困るでしょう」
 「困らないから」
 「お母さんになれなくなるかもしれないよ」
 「私は結婚しないから、ママにもならないの」
 「明日咲(アスサ)ちゃん、大人になれないわよ」
 「大人になんかなりたくない!」
 
 私は制服姿のまま家を飛び出した。
 飛び出したは良いけど、もう19時半を回っていた。
 友だちに家にも行けないし、家の側にはコンビニもない。

 ――つまり、私に行くあてはない。

 仕方なく、家に近い大きめの公園に行った。
 夕方5時には日が暮れるこの季節、当然誰もいなかった。

 私は呟く。
 「人寂しいし、寒いし」
 私は公園を見回し、ブランコへ座った。
 「なんでこの公園に来ちゃったんだろう」
 この公園は、初失恋をした場所だ。
 
 私は近所に住む(カケル)が好きだった。
 小学校1年生の時に、(カケル)が、この公園で言った。
 「こんなブス、好きじゃないよ。明日咲(アスサ)が好きなやつなんていないよ。きっと大人になったら、もっとブスになるぜ」

 「あ――、思い出しただけで苛つく!」
 
 私は過去を振り払うようにブランコを漕ぎ始めた。
 大きく、大きく、ブランコを漕いだ。
 ドンドン、ブランコの揺れは大きくなっていく。
 ブランコは天が近づき、そして遠のく。
 それからまた、天に向かって昇っていく。

 ――なんだか楽しくなってきた!
 
 心が晴れかかり、天しか仰いでいなかった私に、唐突に声が掛かった。
 「おい、何してんの」
 私は下を見て驚いた。
 ブランコ横で(カケル)が私を見上げていた。

 私はめくれ上がるスカートに気が付き、慌てて手でスカートの裾を抑えた。

 そして気が付く。
 ――今、手を離しちゃダメなのやつ。
 私は手を離した為に、ブランコから放り出されて、体が宙に浮かび、地上に落ちた。

 「スド――――ン」
 私は体育座りの状態で、地面に叩きつけられた。
 「痛い――」
 ――かなり痛かった。
 私は打ち付けた腰や脚をみる。特に血は流れていなかったが、タイツは破れていた。そして腰がひどく痛い。
 
 「大丈夫?」
 すぐ側に(カケル)の顔があった。
 私はめくれたスカートを直しながら言う。
 「見るな、バカ!」
 「いや、でも、すごい音だったから」
 「(カケル)、私の脚を見ただろう?」
 「うん、ごめん」
 私は立ちあがる。でもふらついてよろけてしまう。
 「あ。大丈夫?」
 「触るな。変態!」
 「ごめん。でも、歩けるのか?」
 
 私は毅然と言う。
 「歩け」
 そこまで言って、私は気付く。
 「痛い……」
 痛すぎて涙が出てきた。
 
 (カケル)が気の毒そうに見る。
 「家まで送るから」
 「足首が痛すぎるゥ」
 「捻ったのかなぁ。俺の肩に腕を回して良いよ。俺が腰を支えてやる」
 
 (カケル)が私の腰に手を回した。(カケル)の体が私に密着する。私が顔を上げると、心配そうに見下ろす(カケル)の顔がある。
 
 間近に(カケル)の顔がある。
 私の鼓動が早くなる。
 ――今も好きなんだ。
 涙が止まらない。
 
 「泣くなよ。心配になるから。拭いてやるよ」
 私から体を離し、ポケットからテッシュを取り出すと、私のメガネを外した。
 「メガネを外すの恥ずかしい」
 「メガネしてたら、涙が拭けないでしょう?」
 「うん」
 
 「コンタクトにしないの? 高校の同級生たちはコンタクトに変えて、メガネのやつなんていないよ」
 「私はブスだから、メガネで顔を隠しているの」
 「明日咲(アスサ)がブス? 明日咲(アスサ)は可愛……」
 「私はブスって言われたから。きっと大人になったら、もっとブスになるぜって言われたから」
 
 (カケル)は何か気がついたらしく「あ……」と言った。
 
 「だから私はコンタクトしないの。もっとブスに育つの嫌だから、大人にもなりたくないの」
 また私の目に涙が溢れてくる。それを(カケル)が拭う。

 「あれは、俺と明日咲(アスサ)との仲を、悪友(ともだち)(からか)われて、つい口から出てさ。ごめん」
 「私はとっても傷ついたんだ」
 「ごめん。肩を貸すよ。帰ろう」
 私は肩を借りた。
 「それであれからずっと、俺への当たりがキツかったのかぁ」
 「そうだよ」
 「そんなに傷つくなんて思わなかったんだ」
 「(カケル)に言われたから、こんなに傷ついたんだよ」
 「え? 俺に言われたから? なんで?」
 
 私はヤケだ。
 「気付け(きづ)、バカぁ、鈍感」
 「もしかして、俺の事が好きなの?」
 「うるさいょぉ」
 
 照れながら(カケル)が言う。
 「俺たちずっと両思いだったのかぁ。嬉しすぎる」
 私は顔が熱くなる。
 「うん……、あっ」
 
 私は身体に体験のない疼きを覚えた。
 「何? どうした? 痛いの」
 「なんでもない」
 
 初潮がきた。
 理由は知っている。
 ――私は、大人になりたくなったんだ。
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