第1話

文字数 1,786文字

俺は達也、社会人3年目だ。大学では学ぶことがなかったシステムエンジニアという仕事に就いている。働き始めてから3年という
こともあり、新入社員の面倒を見ることになった。新入社員にも種類があって、『情報系の大学だったもの』もいれば『パソコンは
タッチタイピングができるくらい』のレベルまで様々だ。さすがにパソコンに触れたことがない、というレベルの人はいないが。
俺は2人の後輩の面倒を見ることになった。一人は情報系の大学を出ていて、大学でもシステムエンジニアの基礎と言われる
『プログラミング』を勉強してきたという太田だ。そしてもう一人は大学は文系で、パソコンはWebで何かを調べる時くらいしか
使ったことがないという竹中だ。俺はこの二人に仕事を教えていく。社会人として基本的なこと、毎朝の挨拶や電話応対、名刺の
交換などについては両者に差はなかった。ではシステムエンジニアとしての仕事としては本題と言える『プログラミング』は
どうか。いきなり仕事を割り振るわけにはいかないので、最初は会社で使う簡単なシステムを作ってもらった。太田にも
竹中にも同じものをだ。そして二人には「性能が良い方を採用する」と伝えてある。ただ、簡単なものを作るのにそう何年もかけて
もらっては困るので、期限は3か月とした。期限を守ると言うのもシステムエンジニアにとっては大事なことだからだ。そして
同じものを作り始めた二人だが、進捗に関しては差が出た。というのも竹中は簡単なところでつまづくのだ。わからないことが
あれば聞きに来いと言ってあるので細かく聞いてくるが、それでもうまくはいかないようだ。一方、太田はと言うと比較的
スムーズに進んでいるようだ。とはいえシステムエンジニアとして重要なことはスピードではない。今回の場合、俺が一番注目する
点は『完成度』だ。性能が良い方を採用すると言っている以上、期限をフルに使ってでもより良いものを作ってほしいと言う思いが
ある。そして二人が作り始めてから3か月が経った時点で、二人の作ったものを見せてもらった。もちろん途中経過も見守って
いたが結果は歴然だった。竹中が作ったものの方が性能が良い。俺がそのことを二人に告げると竹中は大喜びをし、太田は不満
そうな顔をしていた。そこで俺が言いたいことがあれば言えと言うと太田は「納得がいきません」と言ってきた。どこが納得
いかないのか聞いていると「俺の方が早くできたし、それなりのものは作ったはずだ」と言ってきた。この言葉を聞いた時、俺は
呆れてしまった。『それなりのものは』という言葉だ。これが学校の授業であれば『それなりのもの』で良かったのかもしれない。
だが今回作ってもらう作業は『仕事』としてやってもらったのだ。考えてみてほしい、例えばだが料理人が「この料理はそれなりに
おいしいはずです」なんて言ったら、そのことに憤慨するのではないだろうか。自分が作ったものが他のなによりも素晴らしい
ものだという意識がなければ、それを誰かに見せるなんて恥ずかしくてできないはずだ。それなのに太田はそんなことを言った。
これは、太田の性格の問題ではない。太田の今までの経験なのだ。情報系の大学でもプログラミングの勉強はしてきたかも
しれないが、そこで問われるのは『先生の言った通りに作る』だ。だがそれが社会に出て通じるわけはない。一方竹中は自身の
作っているものが正しいかどうかもわからずに作ってはいただろうが、自身にできる最大限の努力をしたのだ。それにもう一つ
大きく違うのは『ユーザーとして見ているかどうか』だ。太田は自身が作ったものに対してユーザー視点を持っていなかった。
なので教科書通りのことをやればそれなりに動きはするが、それ以外のことをするとすぐに動作が停止する。一方竹中はユーザーと
しての視点を持っていた。なので『こういうことをされたらどうするのか』という対処法がたくさん入っていたのだ。その結果が
作成にかかった時間に繋がる。これも結局は太田が中途半端な知識を持っていたためだ。こうすることで対処はできるが時間が
かかる、ということが想定できてしまったので、行動に移せなかった。『生兵法は大怪我のもと』と言うように、半端に得た知識は
考えから自由を奪う。そんなことを学べた、社会人3年目だった。
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