山を登る

文字数 539文字

 鳥の声が聞こえる。
 遠く、近くで何羽もさえずっている。

 わたしの目は見えない。
 杖をついている。
 おぼつかない足取りで、わたしは一人で山道を登っている。
 大小の石が不規則に置かれていて、何度も何度も転んだ。
 それでも、わたしは登っていた。

 なぜ登っているのかはわからなかった。
 どこまで登るのかも。
 
 何度も転ぶうちに、杖をなくした。
 いつの間にか、道ではない所を歩いていた。
 迷ったのか、それとも最初から道などなかったのか。

 衣服は木の枝に引っ掛かって破れた。
 皮膚も引き裂さかれた。
 転んだときに怪我をしたのか、肩のあたりが焼けるように痛む。
 血が流れていくのがわかる。

 姿が見えたなら、どんなにひどいものだったろう。
 それでもわたしは前へ前へ、上へ上へと進んで行った。

 速度はどんどん上がり、しまいにはほとんど駆け足になった。
 つまずき、転び、引っ掛かり、ぶつかり、ぼろぼろになって、山を駆け登るわたし。
 心臓は破裂しそうだった。しかし、足が止まらない。
 意識がもうろうとしてくる。
 ああ、もう、駄目だ。
 途端。
 山はなくなった。
 落下のスピードがどんどん速くなっていく中、わたしはやっと、ほっとしていた。
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