第1話

文字数 2,926文字

 才能も無ければ。夢も無い。何より努力もできない。だけど私はここにいる。ここにいるんだ。と安恵は机のパソコンの前に座っている。 机にはバドワイザーの350ミリ缶と加熱用タバコ。安恵は今日もネットの前にいる。

 私には何も無い。何もできない。と安恵は独りごちる。グビリとビールを一口、二口と喉に通す。ビールの冷えは弱くなり、温いの一歩手前になっている。

 思えばこの27年間、何も無かった。と言うには安恵は年を重ね。かと言って自分の走馬灯として死に際に現れるものにしてはインパクトの無い。そんな日々の繰り返し。

 ドラマとは縁遠い毎日。中学生の頃にテニスの王子様にハマりオタク関連の事に興味がわき、高校の時にのびたみてえな女だなと言われ女子から虐められ、大学の頃に教習所の合宿で出会った男と付き合い処女を喪失し、その2週間後に連絡が無くなり自然消滅をした。何も無い学生生活。

 カタカタとキーボードを打つ音を響かせる。安恵は小説を書いている。小説の執筆も大して楽しいとは思わない。けど暇だから。そして金を使わずに済むという事と誰かと繋がりたい。そんな何てことない理由で小説の執筆に会社から定時で帰宅した後の余暇時間をただひたすら埋める。

 大学は一年留年した事。ソレが唯一と言っていい、人生の波紋なのでは安恵はタバコを一服しながら考える。理由はなんて事無い。大学がつまらなかったからだ。経済学部に通っていた安恵はただ就職に有利そうだからと簡単な、そして多分同学部の人間の三割は同じ理由だろうという事で入学した。当然、経済の事なんて何一つ興味は湧かなかった。ソレよりも来週のジャンプのONE PIECEの続きの内容の方が遥かに興味はあった。

 何てことも無い学部の選択。語学の時に席が隣だからという理由で話していた女子に誘われた山登りサークルも新歓コンパから2、3度足を運んだ程度で会費が高いという理由で夏期休暇の前には行かなくなっていた。 

 友人と呼べるのが一緒に講義語ご飯を食べたりする程度で良いのだったら、サークルを誘った語学の女子とバイト先の中国人留学生の二人だった。中学、高校の友人とは段々疎遠になっていた。そんな二人も社会人になったら年に数回の生存報告に近いLINEをする程度で、実際に会わなく疎遠になっていた。中国人留学生のランさんが結婚したのもFacebookで初めて知った。

 キーボードを走らせる。書いている小説の内容は、好きな漫画を数作品、似ているエッセンスを入れたファンタジーバトルモノ。ライトノベルからも引用をしていた。若干ナイーブな少年が実は王家の血筋で、世界を滅ぼそうとする魔族と戦う。そんなストーリー。それを面白くする文章力も無く、ただひたすら埋もれていくそんな小説だった。

 就職活動は大いに苦戦した。サークルもボランティアも何もやっていない。それに加え成績も留年してることもあり酷い有様。二次募集をしていたスーパーマーケットに何とか内定が決まり、他に行くところも無いのでそこへ入った。

 スーパーマーケットの仕事は過酷だった。店長補佐の正社員と言うことで、朝5時に店の鍵を開け誰よりも早く会社に行き、品物の発注やポップ作り、バックヤードの整理等の面倒くさい仕事を店長に押し付けられ誰よりも遅く帰った。深夜に帰るのが当たり前のサービス残業。安恵はそれに耐えられる根性も無く、二年目の六月に心と身体を壊した。それ以降はただひたすらレジ打ちをしていると言う学生バイトよりも何もする事が無い、何もやれない仕事を言い渡され定時に帰るようにされた。当然、給料も上がりもせず、ずっと実家で暮らしていた。

 タターンジャラジャラタターンターンジャラジャラ。そんなレジ打ちの音が安恵にとっての毎日の半分になる。ソレを繰り返す毎日で27歳となってしまった。当然、転職をするほどのスキルも無ければしようという考えすら浮かばなかった。

 カタタタっとキーボードを打つ。……この小説もただひたすら金が無い。だから書いている。吸い終わったタバコの吸い殻を灰皿へ落とし、ビールを飲みつつただひたすらぼんやりと文字を繋げていく。この小説も自分で書いているのに、どこも面白いと感じない。それは自虐でもあり、事実でもあった。

 小説も書きおわり、それを投稿サイトへアップする。誰に読まれているのか誰にも読まれていないか分からない小説を。正確にはアクセス数を確認すれば分かるのだが、その数人からも何もリアクション等があったこともなく。単純に数字がしかもかなり少ない数字が並んでいるだけ。そうとしか感じられなかった。

 ココは宇宙なのかもしれない。安恵はそう思った。そうじゃなければこんなにも真っ暗でこんなにも静かでこんなにも孤独で息苦しくて……何より寂しいことなんて無いのにと。アルコールが脳に薄い快楽を与えられて少しポエムみたいなことが頭に浮かぶ。なーに言ってんだかと直ぐに自虐をする。

 私には何の才能も無い。そして努力をする事だってできない。けど私はここにいる。ここにいるから誰か気づいて。この寂しい宇宙から高速ロケットで私を連れ去って欲しい。

 ここは寂しい。誰か気づいてと。

 二本目のタバコを吸う。いつも通り何のリアクションも無い。寝る前にソシャゲの周回をするかと思った……が安恵は考える。

 誰もいない。誰も読まれないならやっぱり意味が無い。私のSOS信号はあるいはモールス信号は何も応答されない。私は一人さまよっていくんだ。この星を。

 と思ったら今まで我慢していた孤独の寂しさが水を注いだビニール袋に針を刺したみたいに溢れてきた。何もこんなの意味ないと作品はまだ続いてるのに完結マークを押した。

 この小説も私と同じで中途半端。私と同じでラスボスを倒せない。物語が終わらない。ハッピーエンドにならないんだと一人呟く。お前も道連れだと。

 直ぐにベルマークの通知ボタンが赤くなる。こんなの今まで無かった。応援コメントだ。少し鼓動が高鳴る。期待をするなとベルマークをクリックする。


『正直、何一つパッとせずどこかで読んだことあるような設定やキャラクター。面白くない』

 嬉しかった。誰かが読んでくれてる事に。誰かが気づいてくれた事に。

『けど』

 続いていた。

『ここで終わりじゃない。これじゃ物語が可哀想だ。もっと大事にしてあげてください』

 つぅっと涙がこぼれた。頬を伝って自分が泣いてる事に安恵は気づいた。

 まるで作品じゃなく自分自身にそう言われている。そう感じてしまった。

 良いんだ。何も無くたって何もできなくたって。だけど大切にして良いんだ自分を。

 少し震えながらコメント返しを安恵はする。

『読んで頂きありがとうございます。すみません、完結マークは間違いです。まだ続きます』

 この先、何があるのか分からない。何も無い何も変わらないかもしれない。けど、良いんだ。それでも良いんだ。と送信する。

 明日も嫌だなーレジ打ちと呟く安恵の口元は上に上がっていた。
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