安西先生

「また試合出られなかった」

少年バスケのチームの遠征から小学五年生の村中大和が帰ってくるなりぼやいた。

二年前からミニバスのチームに入って、練習しているのだが、試合に出してくれないそうなのだ。チームを移ることを父さん母さんと検討しているのを、大学一年生の兄である翔は目の当たりにしているので、指導者に問題があるのではないかと勘繰りながらそれを確かめるために

「練習付き合ってやるから、近くのバスケットボールリングのある公園で一緒に練習するか？」

と弟を誘い一緒にバスケをすることとなった。

弟とバスケをしてみて、兄は驚いた。

"二年間もバスケやっていてこれほど出来ないとは"

シュートはゴールに届かないし、ボールを見ないでドリブルすると足にあたる、挙げ句の果てに強いパスはとることができずに顔面にあたる始末だ。

"指導者は関係ない。これじゃ。試合に出れないのも無理はない。"

と思った翔は、

「大和、お前バスケ向いててないからやめて他のスポーツやったほうがよくねぇか？」

と尋ねた。すると大和は、

「だって好きなんだもん」

と半ば、ふてくされて答えた。

そこで翔は

「他の鳥と違って、ダチョウやペンギンは空飛べないだろう。だけどダチョウは足が速いし、ペンギンは泳ぐのが得意だ。人間だって同じで自分の得意なところで勝負しないと、勝負事には勝てないんだよ。向いていることでドンドン勝負していかないといつも負けてばかりになっちまうよ」

と翔が、大和に促したが

「でも時間をかけて努力すればみんなと同じようにプレーできるようになるってコーチがいってたもん」

と大和は頑なに言った。

「あのなぁ。サラリーマンの仕事で同じ結果出すのに残業してやった人と、残業せずにやった人なら、残業せずにやった人の方が評価が高い。ましてスポーツの場合だとお前が努力して人と同じことが出きるようになったころに他の人はさらに上のレベルに到達してしまっているからずっと追い付くことはできない。したがって試合には出れないだろ。」

「ここまで努力したのにやめるのはもったいないよ」

「お前はバスケを辞めた後に、"あいつは根性がない"とか"粘り強く頑張れないやつ"とか悪口言われるのが、嫌なだけだろ」

「でも、安西先生だって"あきらめたらそこで試合終了だよ"って言ってたし‥‥」

「諦めなくても時間がきたら試合終了だろうが。限りある時間でどう成果を残すかよく考えて行動しろよ。諦めてないってことを免罪符にして結果残してない奴のいいわけにしか聞こえねぇよ。」

「でも、僕得意なスポーツなんてないし‥‥」

「じゃあ、他の人が嫌がる競技をやればいい。例えば、マラソン。だれも苦しいから進んでやろうとしない。そんな競技を、足に念力を込めて練習すれば他の人に先んずることができるんじゃないか？」

「え～。マラソンなんて走るだけで面白くもないし疲れるし汗だくになるだけでかっこわりぃよ。」

「なに言ってんだ。バスケのプレイ時間は１時間半から２時間で全員が目立てるわけじゃないが、マラソンなら先頭集団を走っていれば、２時間の競技ののうち１時間以上はずっとテレビで放送されるじゃあねぇか？」

翔の説明を聞いて

「走ることならできるから、バスケはやめて、半年後の小学校の校内マラソン大会で入賞できるように練習してみるよ。」

と言って大和はしぶしぶ納得したようだった。

次の日から大和は小学校の放課後に近くの運動公園で走る練習を始めた。

その練習に翔も、時々付き合ったのだが、やはり、はじめは途中で疲れてしまいマラソン大会の距離2キロのうち半分もしないうちに落伍してしまっていた。

しかし、そうであっても、学校の先生から聞いたアドバイスを意識して練習を毎日続けた。
そして日々練習を繰り返している大和はなぜかバスケをしている時より楽しそうだった。

半年が経った。

校内マラソン大会で、大和は５位に入賞したそうで、その賞状を見せながら嬉しそうにその競技の経過を翔に話した。

「スタートで、みんなは一斉に速いペースで走り始めたんだけど、300mもしないうちにみんなペースが遅くなってきて僕の前に走っている子は10人しかいなくなったんだ。その後、残り500mで５人抜いてゴールした。最初から最後まで同じペースで走っただけなのにみんなはペースを落としていってなんだか面白かった。辞めたミニバスチームのレギュラーの子よりも順位はよくて"毎日きつい練習を粘り強く続けて成果を出す、おまえすげぇな"ってそいつから褒められちゃったよ。はじめは成果が出なかったけど練習してどんどん成果が出るようになって、マラソン楽しくなったし、バスケやめてほんとうによかった。」

その話をした大和の顔は今までで一番輝いていました。