第1話

文字数 1,993文字


僕はおじいちゃんっ子だった。
幼い頃から長期休暇になれば車を30分ほど走らせたら着く祖母の家へと泊まりに行った。
何度行っても毎回新鮮な体験をさせてくれる祖父が、バスに乗ってショッピングセンターに連れて行ってくれる祖母が大好きだった。
ある年の夏休み。自由研究で当時はまっていた戦国武将についての事をやりたかった僕は弓矢を作ることにした。こういうことはじいちゃんに相談すれば嬉しそうに教えてくれると早速向かった。

「じいちゃん、僕弓矢を作るんだ!」
話の流れなんてものは無く唐突な報告に少し面食らった様子の祖父。逡巡して「おお。そりゃ、手伝ったろ。」そうシワだらけの顔を更にしわくちゃにして僕の頭を乱雑に撫でる。

「でもさ、弓矢って曲がってるじゃん。あんなのどうやったら曲げれるんだろうね。」
「あぁ。竹なら炙れば曲げれる。竹を弓にして矢は何か木の棒でも買ってきて作りゃあいい。」
じいちゃんはなんでも知っていた。
普段は物忘れが酷くてよくばあちゃんは文句を言っていたのにこんな時にはまるで少年のように目を輝かせて楽しそうに語るのだ。僕にはそれがどうにも可笑しくてじいちゃんと2人蝉の合唱を聞きながら笑った。そうして僕らは夕食ができるまで工作を楽しんだ。


「明日の朝はじいちゃんと散歩にでも行っといでね。ばあちゃんは仕事だからちゃんと鍵閉めるのよ。」
毎回のようにこう言われ僕はもう明日の朝が待ち遠しくなる。

朝、蝉の声で覚醒しさっさと身支度をしてじいちゃんと近くの川で鯉を見てから公園に行く。もちろん昨日作った弓矢にグローブとボール、バットも持って。最近じいちゃんは自転車に乗るのが好きみたいだけど僕と行く時はゆっくり歩くのが好きらしい。

「あの黒いのがクロでこっちがタロウ。赤いのはデメキンって名前や。」
「鯉なのにデメキンって面白いね」
そんなたわいもない会話をしながらいつもの散歩道を歩いていく。

「そうだ、お前コーヒーは飲めるか?」
「牛乳を沢山入れたら飲めるよ」
そう答えた僕に満足そうに頷き自慢げな顔で最近出来た喫茶店へと連れていってくれた。

「暑いな、氷でも食おか。」
そう言ってかき氷かと期待した僕にまさか本当にかち割り氷を渡すとは思っていなかった。

「近くに美味しい天丼屋が出来たんや。ばあちゃんもおらん事やし昼飯でも食いに行こうか」



じいちゃんは、なんでも知っていた。
僕にとってじいちゃんは最高にカッコよかった。

蝉を鷲掴みにして小学生と遊んだり、近所の子供に飴をくばってたり。その数が平等になるようにと名前を聞いてメモしたはいいものの顔を覚えていなくて結局意味がなかったり。そんなどこか抜けていておっちょこちょいなところも含めて最高のじいちゃんだった。


人間は死ぬ。そんな当たり前のことを当たり前として受け入れることが出来なかったのは自分の幼さゆえなのか。はたまた人間の本質的な部分で死を恐れ、どこか自分とは無関係のものと錯覚してしまうが故なのか。

じいちゃんが癌になってから受験というのをいい事に見舞いにろくに行けなかった。

見たく、無かった。

じいちゃんは、じいちゃんは僕にとっての憧れだ。

そんなかっこいいじいちゃんが弱々しくなっていくのを見てられなかった。受け入れられなかった。
もう80を超えて長くないことは分かっていた。
でも、やっぱりじいちゃんが小さくなっているのを見るのは辛かった。

思うように話せず、輝いていためには闇が差していた。それでも僕が声をかければ暗闇を引き裂き手を伸ばして少年のように目を輝かせ話してくれた。

「今日も阪神は負けたんか。」
「ああ。今年もダメみたいだね」
病室に無機質な機械音だけが響き渡る。昔ならなんともなくむしろ心地よかった沈黙が重くのしかかる。ここ数ヶ月で祖父の病状は悪化している。持って数ヶ月だそうだ。



叶うなら。あの頃のように。

かち割りの氷をふたりで食べたい。

馬鹿みたいに天丼を食べて2人でお腹を壊して笑いたい。

野球選手のモノマネ大会もしたい。

少しカッコつけて喫茶店にも行きたい。

いつか、僕が大人になったら酒を飲んでまた笑い合いたい。

絶対見分けがついてないくせに鯉に名前をつけたりもしたい。

狭い風呂ではしゃぎ回って怒られたい。

一緒に相撲が見たい。




やりたいことがまだまだあるのにじいちゃんは先に永遠へと旅立った。
でもやっぱり最後までじいちゃんはじいちゃんだった。葬儀の日に安らかに心地よさそうに眠るじいちゃんはふと起き上がって僕の話を楽しそうに聞いていそうだ。

今頃はじいちゃん何してるかな。
酒、飲めてる?最期は禁止されてたもんね。
パチンコは当たった?もうあんなに100円玉はいらないよ。
タバコは相変わらずかな。あんまりおすすめはしないけどせっかく楽になったんだ。だれも文句なんて言わないだろ。
飴は配ってる?ちゃんと顔も覚えるんだよ。

またね。じいちゃん。いつか一緒にお酒でも飲もう。
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