ソウルプランナー
文字数 1,820文字
「おかえりなさいませ。随分と早いお戻りでしたね。」
ふいに声をかけられ振り向くと、真っ黒い服を着た男がそこには立っていた。
「誰だ?」
「私は管理人でございます。」
黒い服の男は表情を変えずに答えた。
「管理人?おれはお前のことなんて知らないぞ。」
「左様でございますか。」
黒い服の男はまた、抑揚のない声で答えた。
「誰だか知らないが、ここはどこなんだ。」
身に覚えのない男。身に覚えのない場所。
一体何がどうなっているのか、まるで理解ができなかった。
「ここは、あなた様の
「本当の場所?言っている意味がわからない。おれの居場所は、、」
そこまで言いかけて言葉に詰まった。
自分が何者なのかがわからなかったのだ。
急に焦りを覚え、必死に記憶を辿る。
おれは誰なのだ。なぜこの場所にいるのだ。今まで何をしていたのだ。
考えても考えても、思い出すことができない。
いや、記憶として存在していないと言った方が正しいようだった。
「現世から、こちらの世界にお戻りになられたばかりですので無理もありません。」
「現世だと?」
「左様でございます。」
黒い服の男はそう言うと、一枚の紙を取り出した。
「これは、あなた様が現世に行かれる前に交わした契約書でございます。ここにあなた様のサインもございます。」
そこには確かに自分の名前が、自分の筆跡でサインされていた。
「これは、、」
「はい、あなた様は寿命八十年プランをご契約され、現世に旅立たれました。」
黒い服の男は続けた。
「ですので、あなた様には契約違反として、残り六十五年の寿命をお支払いしていただきます。」
「なんだって?」
男に詰め寄った。契約したことすら知らないのに、契約違反などとは侵害である。
しかし、黒い服の男はそんなことはお構いなしに、自分に付いて来るように促した。
「ここはアーカイブと言って、皆様の現世の記憶とこちらの世界の記憶が保管されている場所でございます。現世にはこちらの世界での記憶は持参できませんので、現世に行かれる際には、こちらの世界の記憶は、このアーカイブに保管する決まりになっているのです。」
無尽蔵に広がる記憶の海。
呆気にとられていると、黒い服の男が、その海から二つの光を拾い上げた。
「こちらが、あなた様の現世での記憶。そしてもう一方が、こちらの世界での記憶でございます。では、まずはこちら世界の記憶からお返しいたします。」
どうぞ。と言って差し出されたそれを受け取ると、真っ白い霧に覆われていた視界が一気に晴れるように、自分の記憶が戻ってきた。
目の前に立っている黒服を着た男。あの時、現世に行きたいと伝えるとすぐに手配をしてくれた。そしてこの部屋で契約書にサインをして記憶を脱いだのだ。そのあとは、、
「いかがですか?この場所のことも、私のことも、全て思い出されたでしょう?」
「ああ、思い出したよ。その節はどうも。」
「いえ、こちらこそ。」
黒い服の男は、やはり表情を変えないまま会釈をした。
「では、現世の記憶を。」
もう片方の光を受け取った。
記憶の波が、どっと押し寄せてきた。
八十年プラン。
そういう名目で渡されたまっさらな予定表に、自分で予定を組んでいく。
せっかく現世に行くのだから、楽しみは多い方がいい。そう思って、ありったけの困難を詰め込んだ。さまざまな困難を乗り越えて、最後の最後で笑って終える人生プランのはずだった。
しかし、初めての現世旅行にしてはあまりにも欲張りすぎたようだ。
おれは、わずか十五年でプランを諦め、その人生を自ら絶った。
「そうか。情けないな。」
「お気になさらないでください。初めての方にはよくあることです。この記憶はアーカイブに永久に保管されますので、ぜひ次回のご参考になされてください。」
「そうするよ。さて、契約違反の件だけど、おれは今からどうなるのかな?」
「はい、あなた様はこれより、無の世界に行っていただきます。そしてそこで、残りの六十五年を過ごすことになります。」
「無の世界?」
「はい、光もなければ闇もない世界です。現世での苦しみに耐えるほうがよっぽど楽だったと感じるほどの苦しみが、あなた様を待ち受けております。ですが、その苦しみを抜けた霊魂こそが、現世での真の幸福を味わい尽くせるのです。そのことをお忘れなきよう。」
そう言うと管理人は大きな扉を指差し、「いってらっしゃませ、どうかお気をつけて。」と頭を下げた。
おれは大きく息を吸うと、その扉に向かって歩き出した。
ふいに声をかけられ振り向くと、真っ黒い服を着た男がそこには立っていた。
「誰だ?」
「私は管理人でございます。」
黒い服の男は表情を変えずに答えた。
「管理人?おれはお前のことなんて知らないぞ。」
「左様でございますか。」
黒い服の男はまた、抑揚のない声で答えた。
「誰だか知らないが、ここはどこなんだ。」
身に覚えのない男。身に覚えのない場所。
一体何がどうなっているのか、まるで理解ができなかった。
「ここは、あなた様の
本当の場所
でございます。」「本当の場所?言っている意味がわからない。おれの居場所は、、」
そこまで言いかけて言葉に詰まった。
自分が何者なのかがわからなかったのだ。
急に焦りを覚え、必死に記憶を辿る。
おれは誰なのだ。なぜこの場所にいるのだ。今まで何をしていたのだ。
考えても考えても、思い出すことができない。
いや、記憶として存在していないと言った方が正しいようだった。
「現世から、こちらの世界にお戻りになられたばかりですので無理もありません。」
「現世だと?」
「左様でございます。」
黒い服の男はそう言うと、一枚の紙を取り出した。
「これは、あなた様が現世に行かれる前に交わした契約書でございます。ここにあなた様のサインもございます。」
そこには確かに自分の名前が、自分の筆跡でサインされていた。
「これは、、」
「はい、あなた様は寿命八十年プランをご契約され、現世に旅立たれました。」
黒い服の男は続けた。
「ですので、あなた様には契約違反として、残り六十五年の寿命をお支払いしていただきます。」
「なんだって?」
男に詰め寄った。契約したことすら知らないのに、契約違反などとは侵害である。
しかし、黒い服の男はそんなことはお構いなしに、自分に付いて来るように促した。
「ここはアーカイブと言って、皆様の現世の記憶とこちらの世界の記憶が保管されている場所でございます。現世にはこちらの世界での記憶は持参できませんので、現世に行かれる際には、こちらの世界の記憶は、このアーカイブに保管する決まりになっているのです。」
無尽蔵に広がる記憶の海。
呆気にとられていると、黒い服の男が、その海から二つの光を拾い上げた。
「こちらが、あなた様の現世での記憶。そしてもう一方が、こちらの世界での記憶でございます。では、まずはこちら世界の記憶からお返しいたします。」
どうぞ。と言って差し出されたそれを受け取ると、真っ白い霧に覆われていた視界が一気に晴れるように、自分の記憶が戻ってきた。
目の前に立っている黒服を着た男。あの時、現世に行きたいと伝えるとすぐに手配をしてくれた。そしてこの部屋で契約書にサインをして記憶を脱いだのだ。そのあとは、、
「いかがですか?この場所のことも、私のことも、全て思い出されたでしょう?」
「ああ、思い出したよ。その節はどうも。」
「いえ、こちらこそ。」
黒い服の男は、やはり表情を変えないまま会釈をした。
「では、現世の記憶を。」
もう片方の光を受け取った。
記憶の波が、どっと押し寄せてきた。
八十年プラン。
そういう名目で渡されたまっさらな予定表に、自分で予定を組んでいく。
せっかく現世に行くのだから、楽しみは多い方がいい。そう思って、ありったけの困難を詰め込んだ。さまざまな困難を乗り越えて、最後の最後で笑って終える人生プランのはずだった。
しかし、初めての現世旅行にしてはあまりにも欲張りすぎたようだ。
おれは、わずか十五年でプランを諦め、その人生を自ら絶った。
「そうか。情けないな。」
「お気になさらないでください。初めての方にはよくあることです。この記憶はアーカイブに永久に保管されますので、ぜひ次回のご参考になされてください。」
「そうするよ。さて、契約違反の件だけど、おれは今からどうなるのかな?」
「はい、あなた様はこれより、無の世界に行っていただきます。そしてそこで、残りの六十五年を過ごすことになります。」
「無の世界?」
「はい、光もなければ闇もない世界です。現世での苦しみに耐えるほうがよっぽど楽だったと感じるほどの苦しみが、あなた様を待ち受けております。ですが、その苦しみを抜けた霊魂こそが、現世での真の幸福を味わい尽くせるのです。そのことをお忘れなきよう。」
そう言うと管理人は大きな扉を指差し、「いってらっしゃませ、どうかお気をつけて。」と頭を下げた。
おれは大きく息を吸うと、その扉に向かって歩き出した。