1話完結

文字数 2,109文字

 いつもの朝にいつもの通勤路で愛車を運転している。仕事は楽しいが何か退屈を感じてしまう毎日である。
 友人に言わせるとプライベートが充実していないからと言うことだった。私のプライベートは乏しいのかと妙に納得した。
 ただ職場と家の往復でたまに飲みに行くくらいだったが、最近では飲みに行くこともない。友人のように習い事もしていなければ、何かを趣味として没頭することもない。まあ、プライベートが乏しいのは確かだと再認識した。
 聞きあきたラジオを変えようとして、ハンドルを片手で握りながらオーディオを触ろうとしたら、後ろから軽い衝撃を受けた。シートベルトが固まる。ああ追突されたと思った。
 バックミラーを覗くと、後続のrve4がウィンカーを出して路肩へと移ろうとしていた。私も慌てて同じ行動をとった。

 
 退屈だった日常に衝撃的な変化があった。軽い眠気を感じて運転していた隆史に追突され、その彼と付き合うことなるなんて思いもしなかった。退屈だった毎日が今は充実している。隆史も付き合うことになるなんて思いもよらなかったらしい。不思議な感じだ。
 「もっと近くにお互いが住んでいたらよかったな。そうしたら、もっと頻繁に会えるのに。そう思わない?」
 「え?そお?今だって充分に会えてるじゃないか。もっと会いたいの?」
 少し照れた後に、今度はニヤニヤして隆史は私を抱き締めようとしてきた。そんな顔もするんだと思いつつ、私は隆史が伸ばしてきた両腕をパシリと意地悪く払いのけた。
 「由香ちゃん冷たい。俺のこと嫌になった?」
 「そんな訳ないよ。こうしたかっただけ。」
 今度は私の方から抱きついていった。隆史は嬉しそうに抱き締め返してきた。ああ隆史が好きだと私は実感する。隆史の匂いも温もりも好きだなと思う。どうしてこうも好きになってしまったんだろと思う。
 「明日の早朝釣り、本当に一緒に行っては駄目なの?」 
 「明日は足場が悪い所へ行くから由香ちゃんは連れていけない。ごめんね。」
 「どっちが冷たいのだか分からないわね。」
 私はため息をついた。ずっと一緒にいたいのに、隆史はそうでもないらしい。

 

 お泊まりをしても、その相手が朝起きたらいないなんてこんな侘しいものはない。きっと帰りも遅くなるだろう。今回はわりと遠いところへ出かけると言っていた。ほぼ、夜中と言っていい時間に彼は出かけていったと記憶している。付き合って初めての一人の日曜に、予定も立たずどうしようかと思い悩む。
 こんなことなら無理を言って意地でもついていけば良かったと思った。彼女よりも釣りを選んだ隆史が憎らしく思えてくる。まあ平日の早朝にも釣りに行くくらい夢中なんだものね、釣りに。
 ふて腐れて私は二度寝を決め込んだ。

 
 「由香ちゃん!起きろ!起きるんだ!!」
 私を揺さぶる手の感触とともに耳に隆史の大きな声が聞こえた。何事かと思い、私はハッとして半身を起こした。
 目の前には薄情ものの隆史がいた。とても嬉しそうな顔である。私は無意識に彼の体を両手で突き飛ばしていた。
 「!?お、なんだなんだ!」
 隆史の驚きの声とともに今度こそハッキリと目が覚めた。
 「なにって?おかえりと言おうとしただけだよ。」
 「まーた、素直じゃない返事をするね。ま、いいよ。見せたいものがある。」
 隆史は嬉しそうに、手を掴み私を玄関まで引きずるように連れていった。
 大きめのクーラーボックスの蓋があいており、二人同時にその中を覗きこむ。
 「シーバスだ。大きいだろ。これが釣りたかったんだよ。」
 手を繋いだまま、満足そうに隆史が微笑む。私に魚を見せられてもよくわからないと思いつつも、魚の大きいことに確かに驚く。
 「凄いわね。」
 

 隆史の手によって綺麗にさばかれ、美味しそうに調理されたその魚たちは、今は私の目の前にいろんな料理として並んでいる。隆史は器用にも品数を用意した。
 何度か釣りを一緒にし、魚をさばいて貰ったことはあったが、その後は私が料理をしていた。だから今回が隆史の料理を口にする初めてになる。隆史といると驚かされることが多い。乏しかった私のプライベートは本当に充実してきたと思わざるを得ない。
 「・・・美味しいです。私が作るよりも美味しいかも。」
 「そお?よかったら俺の分も食べなよ。」
 隆史はやっぱり嬉しそうにしている。 
 「ねぇ、隆史。私今回は一緒に行けなくて寂しかった。無理にでもついていけばよかったと後悔もしたの。次からは置いていかないで一緒に連れていって。釣りをしなくてもいい。釣りをしてる隆史を見てるだけどもいいから、とにかく、少しでもいいから一緒にいたい。好きな人の側にいたい。」
 私のプライベート時間はもう隆史といるのが一番なのだと思う。迷惑がられてもただ側にいたい。その気持ちを素直にぶつけてみた。
 
 どんな反応をするのか不安になって、勇気を出して隆史の顔を見ると、真っ赤になっていた。真っ赤になって凄く照れている隆史がそこにいた。
 やっぱり彼が好きで堪らないと私は思う。
 「素直な気持ちをありがとう。」
 隆史はまだ凄く照れたままで返事をしてくれた。
 
 



 
 
 
 
 
 

 
 

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